3・人さらい

 薄暗い深い森の中。

 ヒストリアとパティが必死に走っていた。


「はっ! はっ! はっ! はっ! ヒ、ヒストリア! 止まっちゃ駄目だからね!」


「はあ~! はあ~! うっうん!!」


 2人の背後には人相の悪い男3人が追いかけていた。


「待ちやがれぇ!」


「くそっ! すばしっこいガキ共だ!」


「今日は思ったより捕まえられなかったからな! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」


 海に行く為に森の中に入ったヒストリアとパティ。

 その道中、5人の男と窓が板で塞がれ鉄の扉で出来た頑丈そうな馬車が止まっていた。

 あまりにも不自然だった為、ヒストリアとパティは海に行く事を諦め教会へと戻ろうとした。

 しかし、2人の姿を見つけた1人の男が大声を上げ、それと同時に3人の男が走り出してきた。


「はあ~! はあ~! な、なんでワタシ達……を追いかけて来るんだろ!?」


「ボ、ボクにもわかんないよ! けどっ! ロクな奴等じゃない事だけはわかる!」


 小さい体を生かし、狭い木と木の隙間を縫うように走る。

 しかし体力差、歩幅の違いにより男達を大きく引き離すことが出来なかった。


「ちっ! いい加減うざってぇな! こうなったら……」


 男の1人がナイフを取り出す。


「おい! 商品に傷つける気か!」


「安心しろ! 当てたりしねぇ……っよ!」


 男が2人に向かってナイフを投げつける。

 ナイフはヒストリアの顔の横を素通りし、木に突き刺さる。


「ひっ! ――きゃっ!」


 ヒストリアは飛んできたナイフに驚き、体勢を崩してしまう。

 そのせいで木の根で足を引っかけて転倒してしまった。


「ヒストリア!」


 転倒した事に気付いたパティが足を止め、慌ててヒストリアに駆け寄る。


「大丈夫!?」


「ううっ……に、逃げて……パティ……」


「そんな事出来るわけないじゃない! 早く立って!」


 パティはヒストリアを抱えながら起こす。


「……ぜぇーぜぇー……やっと追いついたぜ」


 背後から男の声が聞こえると同時に2人は取り押さえられた。


「あうっ……!」


「ぐっ!」


「もう逃げられないぜ? へっへへ……」


 男は下卑た笑いを浮かべつつロープを取り出した。




「きゃっ!」


「いたっ」


 ヒストリアとパティは手足を縛られ、馬車の中へと放り込まれた。


「大人しくしてろよ!」


 鉄の扉が閉められる。

 馬車の中は薄暗く、窓に貼られた板の隙間から光が少し漏れている程度だった。


「ぐす……ぐす……怖いよぉ……」


「パパ……ママ……」


「……うう……」


 馬車の中には、2人と同様に手足を縛られた男の子2人と女の子1人の子供達の姿があった。


「……み、みんな攫われたのかな?」


「……たぶんね…………っ外れないか」


 パティはロープを外そうと手足を動かすがびくともしない。


『よしっ! アジトに帰るぞ!』


 外から男の声が聞こえ、馬車が動き出した。




 ヒストリアとパティ、そして馬車に乗せられていた子供達は半日ほど走ったのち古い建物の前で停車した。

 その後それぞれ馬車から降ろされ、古い建物内に作られた檻の前まで運ばれる。

 檻の中には、10歳前後くらいの男女の子供がすでに6人閉じ込められていた。


「ほら、お前等もさっさと入れ」


 男はヒストリア達のロープを解き、檻の中へと入れる。


「……ヒストリア」


 パティはヒストリアの傍へと寄る。


「パティ……ワタシ達……どうなるのかな……?」


「……わかんない」


「シスター……みんな……うう……うわああん!」


 我慢できずヒストリアが泣き始めてしまう。

 パティも涙を流しつつ、ヒストリアを優しく抱きしめる。


「大丈夫……大丈夫だから……」


 パティは根拠のない言葉を口に出すしかなかった。


 その日の夜。

 子供達は檻の中に置いてあったボロボロの毛布をかぶり眠りについていた。

 壁際には身を寄せ合うヒストリアとパティの姿があった。


「……ヒストリア」


「……なに?」


「約束……しましょ」


「……約束?」


「うん……2人で一緒に教会に帰るって……」


「……教会に?」


「そう……だから……この先……何があろうと、どんな辛い事があっても生きて……生き抜いて……絶対に2人で教会に帰るの……」


「……うん……わかった……約束だよ……」


 2人はお互いの手を強く握り、眠りについた。



 次の日の夕方。

 人さらいの男5人と中年の男性2人、腰の曲がったスキンヘッドの年老いたエルフの男の姿が檻の前にあった。


「ヒッヒッヒッヒッ」


 年老いたエルフはニヤニヤしつつ、ドブの様に濁った瞳で子供達を舐めるように見つめる。


「…………んーーーー……よし決めたぁ、あれとあれとあれぇ……あとあれを買い取ろうかのぉ」


 年老いたエルフが4人の子供に対して指をさす。

 その中にヒストリアが混ざっていた。


「……え?」


 訳がわからず茫然とするヒストリア。


「へい、まいど! おい、今の奴等を縛り上げろ」


「おう」


 男の指示に別の男達がロープを持って檻の中に入り、指定された子供の傍へと近づく。

 少年は逃げようとするが、狭い檻の中ではすぐに追い詰められ捕まえられる。

 少女は抵抗するが無理やり床に押さえつけてロープで手足を縛られた。


「お前で最後だ」


 男がヒストリアに手を伸ばす。


「いやっ!!」


「ヒストリア!! この!!」


 パティはヒストリアに手を伸ばした男の腕につかみかかった。


「なっ!? 邪魔すんな! このっ!」


 男は勢いよく腕を振り、パティを弾き飛ばす。


「ぎゃっ! ――がはっ!」


 パティは勢いよく壁に叩きつけられ、肺の空気を吐き出す。


「パティ! パティ!」


 その姿を見てヒストリアが泣き叫んだ。


「ちっ、うるせぇな……」


 男はヒストリアの着ていた服の一部を破り、ヒストリアの口の中へと無理やり詰め込んだ。

 その瞬間、ポケットに入っていた貝殻が床に落ちる。


「もがっ!」


 男は布を吐き出さないように口の上からロープを巻き、手足をきつく縛った。


「む~!! む~!!」


「これでよし……よっと」


 男はそれでも暴れるヒストリアを右肩に担ぎ、檻の中から出て行った。


「うう……ヒス……トリ……ア……」


 弱々しくパティが名を前を呼ぶ。

 しかし、その声がヒストリアに届く事は無かった。