5・生身のゴーレム

「ヒッヒッヒッ!! ……おっとぉ忘れるところじゃったぁ」


 小躍りをしていたゲドゥがヒストリアの傍へと寄る。


「これをつけておかねばのぉ。ヒッヒッヒッ!」


 ゲドゥは目と口の部分が三日月状になっている不気味な笑顔をした白い仮面を取り出した。

 仮面の裏には魔法陣が彫りこまれていた。


「実験体に自我は不要じゃからなぁ。ワシが作った催眠魔法の効果が永続する仮面をつけていてもらうぞぉ」


「……あ……あう……」


 ヒストリアは目じりから一粒の涙がこぼれ落ちる。

 ゲドゥはその涙を妨げる様に仮面をヒストリアの顔につけた。


「これからよろしくのぉ……ヒッヒッヒッ!!」




 ――1年後。

 研究所地下にある闘技場の様な空間。

 そこに体長3mを超える熊型モンスターのキングベアが閉じ込められている檻と、目と口が三日月状の白い仮面をつけた少女……ヒストリアの姿があった。


『ガア!! ガアア!!』


 キングベアは激昂し、目の前にいるヒストリアに襲い掛かろうと何度も檻を叩く。

 その様子に怯むことも無くヒストリアは只々キングベアを見つめていた。


「152号ぉ、キングベア相手に、そうだなぁー……今日は70%解放で戦うんじゃぁ」


 安全な高い台にいるケドゥがヒストリアに対して命令を出した。


「……はい……」


 ヒストリアが小さく頷くと胸の魔石が光り出した。


「よしよしぃ。檻を開けろぉ」


 ゲドゥが檻の傍にいる男に指示を出す。


「わかりました」


 男は檻の扉を開け、全速力でその場を逃げる。

 扉が開くと同時にキングベアが勢いよく外に飛び出し、ヒストリアに襲い掛かった。


『ガアアアアアアアアアアアアア!!』


 キングベアの右前足がヒストリアの頭に向かって振り下ろされる。

 しかし当たる瞬間にヒストリアの姿が陽炎のように消え、右前足は空を切った。


『ガアッ!?』


 キングベアは突然姿を消した事に動揺しつつも、辺りを見わたす。

 だがヒストリアの姿を捉える事は出来なかった。


 それもそのはずヒストリアはキングベアの頭上、その場でジャンプをして空中にいたからだ。


「……」


 ヒストリアはキングベアの背中に着地し、落ちないように両足で背中を強く挟み込む。


『ガッ!?』


 そして、両手でキングベアの首を絞め始めた。


『ガアッ! ガッ!!』


 キングベアは苦しみながら必死に体を揺らし、ヒストリアを落とそうとするがびくともしない。

 それならばと地面に向かって背中を叩きつけるが、ヒストリアは落ちるどころかますます両手両足の力が強くなっていく。


『ウガアッ……アガッ……アア……』


 キングベアはどんどんと弱っていき、泡を吹きながら口をパクパクと動かす。

 そして……。


『ガッ……!』


 ゴキリと骨が折れる鈍い音が鳴り、キングベアが床に倒れ込んだ。

 首は真横に向いており、明らかに絶命しているがヒストリアは手を離さなかった。


「よしぃ、もういいぞぉ」


 ゲドゥの言葉にヒストリアは首から手を離す。


「……あの程度のモンスターでは60%でも余裕でしたね」


 ゲドゥの隣にいた眼鏡をかけた白衣の男が紙に記録を書きながら話し掛けた。


「そうじゃのぉ。今回も実験は成功ぅ……っと言いたいところじゃがぁ……」


 突然ヒストリアがふらつき、その場に倒れ込んでしまった。


「すぅ~……すぅ~……」


 そして寝息を立て始める。


「やはりまだ70%では眠ってしまうかぁ。通常のゴーレムとは違い、生命力を魔力に変換して魔石を永久的に動かす事には成功したがぁ……魔力を回復するのに睡眠をとらなければいけないのは効率が悪いのぉ」


「ですが1年ほど前は50%でも眠りました。徐々にですが解放の%も上がってきていますし、実験体も152号のみですから我慢して頂くしか……」


「結局成功したのはあの152号のみぃ……以降は失敗するばかりで、どうしてあいつだけ成功したのか不思議じゃよぉ……おいぃ、研究室に152号を運んでおけぇ」


「はい」


 檻を開けた男が寝ているヒストリアを担ぎ、研究室へと向かった。




 その日の夜。

 ベッドの上で横になっていたヒストリアが目を覚まし、上半身を起こした。

 起きた事に気付いた眼鏡の男は、机の上で作業をしているゲドゥに報告する。


「ゲドゥ博士、152号が起きました」


「むぅ? やっと起きたかぁ……よっこらせぇ」


 ゲドゥは立ち上がりヒストリアの傍へと歩いて来る。

 そしてペタペタと体中を触った。


「……どこも異常なしぃ。よしぃ、次の実験を始めるぞぉ」


「わかりました」


 ゲドゥの言葉に眼鏡の男が研究室の扉を開けて廊下へと出る。


「……はい……」


 ヒストリアは軽く頷きベッドから降りた。


「…………ん? なんだ?」


 廊下に出た眼鏡の男が異様な静けさに違和感を持った……次の瞬間――。


「――がっ!!」


 眼鏡の男の首元にナイフが突き刺さり、その場に倒れ込んだ。


「うあああああ!! なんじゃなんじゃああ!?」


 突然の事にゲドゥは腰を抜かしてしまった。


「……ここにいたのか」


 声と共に6人の黒いマントを羽織りフードを被った人物達が、研究室の中に入って来た。

 顔には両目の空いた真っ白な仮面がつけられている。


「だっ誰じゃ! お前等はぁ!?」


「オレ達は【影】だ」


 【影】の1人が答える。


「――っお、お前等が【影】じゃとぉ!? ……ワッワワシに何用じゃあ!?」


「もちろん依頼だ……お前を含む、この研究所の職員を全員始末してほしいってな」


「しっ始末じゃとぉ……? 誰じゃあ! 誰がそんな依頼をおお!?」


「それは言えない……というより、同じ内容の依頼が複数来ていてな。お前、あちらこちらで相当恨みを買っていたようだぞ」


 【影】2人がゲドゥの傍へと歩いて来る。


「ひいいいいいいい! ちっ近づくな!! 何をしている152号ぉ!! 今すぐこいつ等を殺せぇ!! 全力でだぁ!!」


「……はい……」


 ヒストリアの魔石が強く光り出した。


「……? ――っお前等! 離れろ!」


 1人の【影】がゲドゥに近づいた2人を止めようとする。


「あん? 何を言っ――うぎゃ!」


 【影】の1人が壁に叩きつけられ。


「――がはっ!」


 もう1人は血を吐き、腹を抑えながらその場に倒れ込んだ。

 ゲドゥの前には右手を真っ赤な血で染めたヒストリアの姿があった。


「な、なんだ? どうしたんだ?」


「何が起こったのか見えなかったぞ!」


 ヒストリアの行動に【影】達がどよめく。


「……なんだあのガキは……?」


 そんな中、止めようとしていた【影】1人だけが冷静にヒストリアを睨みつけた。

 その視線を感じたヒストリアは姿を消し、その【影】の目の前に姿を現す。


「なっ!?」


 ヒストリアが【影】の顔めがけて拳を放つ。


「――っ!」


 【影】はその拳を紙一重でかわした。


「――っこの!!」


 【影】は即座に剣を抜き、ヒストリアに斬りかかる。

 が、ヒストリアはもうすでに間合いの外にいた。


「ちっ……なんて速さだ……!」


 ヒストリアは床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴って【影】に向かって襲い掛かる。

 【影】は防戦一方になり、回避と防御をし続けるしかなかった。


「死ね死ね死ね死ねぇ! ヒッヒッヒッ!」


 その様子を見ていたゲドゥが勝ち誇り、高笑いをする。


「……確かに早いが…………ここだっ!」


「!?」


 【影】がヒストリアの右腕を掴んで動きを止め、即座に鳩尾に向かって膝を打ち込んだ。


「――がはっ!」


 重い一撃を食らったヒストリアが、その場で崩れ落ちる。


「な、なんじゃとぉおおおお!?」


「……ふぅ、どうやらまともな戦闘をさせてこなかったようだな。いくら力と素早さがあろうと、動きがワンパターンではすぐに行動が読める」


「あ……ああ……そ、そんな馬鹿なぁ……152号がぁ……」


 ゲドゥは顔面蒼白になり、全身がガタガタと震わせた。

 そんなゲドゥにヒストリアを倒した【影】が近づき、しゃがんで目線を合わす。


「さて、このガキは一体なんだ? 洗いざらい話してもらうぜ?」