気がつけば、進は荒廃した大地に立っていた。
全てが瓦礫の山に覆われて、高低差のほとんどない平地になってしまったような。
例えるのなら、原爆が日本に落ちた時の様子が一番似ているかもしれない。
それでも向こうに倒壊していない建物が存在するあたり、そこまで被害は大きくないものなのだろう。
そこでやっと、進はその場所が今まで自分と光が立っていた場所なのだと気がついた。
全身を傷だらけにして、それでも進はともに戦った少女の姿を探そうと周囲を見渡す。
彼女のことだから、こんな攻撃を受けても平気な顔をしているのだろう、とどこか心の中で呟きながら。
「おい光、どこにいる?」
それでも叫ぶほどの力が体に入らずに小さな声で進は言った。
そんな声では誰も拾ってくれないだろうと心の中で思っても、それ以上の声が出ないのだから仕方がない。
「光、光、光。どこにいるんだ、どこにいる? おい、返事しろよ」
いない。
光という少女はこの場所に存在しない。
そんな思考が進の頭の中をよぎる。
最悪な方向に物事を考えてしまうのは、人間の生存本能なのかもしれないけれども今この瞬間には邪魔だ、と進は吐き捨てる。
そうして左手で自分の太ももを殴りつけて……。
見てしまったのだからしょうがないだろう。
(嘘、だろう?)
その流血は決して進のものではなかった。
瓦礫の下から流れ出てきているそれは、進のもののはずがなかった。
バクン、と進の心臓が跳ねる。ドクンと進の中の何かが脈動する。
____どうか他人であってくれ。
酷いのかもしれないが、進はすがるようにそう思ってその瓦礫を退けようと手を伸ばす。
が、
(あれ……?)
そこには肘から先がない自分の体の一部があった。
信じられないと言ったふうに進はその右手を凝視した。
まさか自分の腕がなくなってしまうなんて。
「痛い。痛い。痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
がぁ、と叫びながら進はのたうち回る。
自覚をして仕舞えばその痛みは耐えることなく進に襲いかかってきた。
全身の傷に地面の小石が触って傷口を広げていく。
そんなことは気にならないくらい、自分の利き腕の喪失とその痛みに進は絶望を抱く。
人間は一番自分が信用していたものを失うと精神が崩壊しやすくなる。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、誰か、誰か助けて。誰か、誰か俺の右腕。誰か、誰か誰か誰か誰か!!!!」
助けなんてやってこない。
助けなんてこの周囲にいたのならばもうとっくに死んでいる。
星見琴光はいない。
彼女がいたのならば進の近くにすぐにやってきてくれるはずだ。
血が流れてきている。
これはおそらく____。
では、これを引き起こした根本的な原因はなんだ?
「ハン、ター。ハンター。あいつらが、あいつらさえいなければこんな結果にはならなかったんだ。俺は楽しく異世界ライフを満喫できたんだ。あいつらがいなければ俺がこんなにも傷つく必要はなかったんだ。あいつらがいたからこんなことになってるんだ」
小さな小さな、しかして弱々しく吐かれたものなどない言葉の数々が進の精神を追い詰めていく。
もう一度言おう。
人間は一番自分が信用していたものを失うと精神が崩壊しやすくなる。
さらに付け加えれば、人間は自分の精神が崩壊した時に、そこから何をやらかすのか他人には一切わからない。
精神崩壊でどこかに引きこもる人間もいれば、生きることに意味を見出せずに自ら死を選ぶ人間もいる。
あるいは、生への活力を失うだけで何かをやらかすこともないのかも知れないし、無気力になるだけで社会的には普通に生きれるかもしれない。
はたまたあるいはこういうものも存在することを忘れてはいけない。
根本的な存在への復讐。
精神崩壊とはつまるところある一種のリミッターの解除だ。
人によってどこのリミッターがはち切れるかはさまざまだが、一番最悪なパターンが倫理観というものがはち切れたパターンだろう。
人間が何をするにも必要とするその倫理観。
子供の頃から親に刷り込まれ、あるいは種として引き継がれてきた根本に眠る存在であるそれがなくなってしまったら。
人を殺すのにも躊躇を覚えない殺戮マシーンのような人間が生まれてしまう。
もっと言えば、裏社会のとち狂った人間どもと同じところまで成り下がってしまう。
「ぶっ殺す、ぶっ殺す。ぶっ殺す、ぶっ殺す。ブッコロス!!」
そしてこの世界で最も怖いものは何か、それは同種同士の醜い争いである。
野生動物が誇りを持って縄張りを競い合うのとはまた違う。
ただ一方的に相手か自分が死ぬまで殺戮の手を止めない。
「ガァァァァァァ!!」
もはや進の言葉に感情はこもっていなかった。
否、進は怨嗟の言葉以外を口にすることがなかった。
サラサラと、進という人格を定めていたものが、剥がれ落ちていく。
そうして一定以上それが進んでしまった時。
《ウエポン》が暴発した。
周囲の地面が、隆起していく。
無数の柱が無秩序に生成される。
その柱からもまた柱が生成される。
そうして無数の大樹のような狂った風景が顕現する。
能力の暴走はそれだけでは止まらなかった。
進は、無気力に足を踏み出す。
「イイカハンター、オレハオマエラヲユルサナイ。キサマラヲコロスマデハシンデヤラナイ。オレニテヲダスノハマダヨカッタ」
だが、仲間に手を出したのはやりすぎだとかすかに残った進の良識が憤怒の意を示す。
それっきりは狂気に飲まれてしまって何も言わなくなったが。
数十分間した後に爆発から比較的近くにいた《ハンター》の下っ端どもは慌てた表情を見せた。
「どうして、どうして奴がここにいる」
「やつはβ28の獲物だったのでは」
などと困惑の表情が多い中。
それなりに年季を重ねた人間は、目を見開くのだ。
____だめだ、やつは自分たちの居場所を正確に把握している。
と。
そんな証拠はどこにもないが、きっと培ってきた殺しの精神が危機を訴えるのだろう。
迎え撃たなければ殺される、と。
だから、彼らはまるで誘い出されたかのように飛び出した。
対して、だ。
進からすればもうそれの処理は作業にしかならなかった。
どこか、頭のリミッタが切れた人間というのは、身体のリミッタも切れるものだ。
地面が十メートルほどの単位で数メートルの棘を示し、襲いかかってきた人間から全員串刺しにして殺す。
殺して、
殺して、
殺して、
殺した。
意識が飛びそうになっても、
敵に体を多少傷つけられようとも、
殺して、
殺して、
殺して、
殺して、
蹂躙した。
そうしていったいどれくらいの時間が経ったか。
最終的にそこに立っていた人間は一人。
荒い息を吐き出す言野原進だった。
「はぁはぁはぁ。ゼンイン、ブッコロス」
がしかし、言葉とは裏腹に全身からさらに血液が漏れ出す。
そうして滴り落ちて、周囲の赤に混じっていく。
鉄錆の匂いはもはや充満しすぎて、何が何だかわからなくなっている。
進の肩に新しく大きな傷が現れた。
そこから血が噴き出すように溢れていく。
能力の過剰使用による必然的反動。
光だってそれがあるからこそ、全力で《ウエポン》を打ち出す真似はしなかったのだ。
なのに、進はそこらへんの倫理観さえも破り捨ててしまったので、体が耐えられない。
前にゴーレムと戦った時もそうだった。
しかし、それよりももっと異常なほどの能力を進は行使した。
体に負荷をかけた状態で、さらに負荷をかけるような《ウエポン》の使用の仕方をすればどうなるのか。
もうわかりきったことだ。
ぐちゃり、べちゃり、グジュグジュグジュ……。
絶対に人体からしてはいけないような音が周囲に木霊した。
「____オレハ」
「____シニタクナイ」
「タスケテヨ____ミヒロ」
最後に呟いたのは向こうの世界での親友の名前だったか。
それを皮切りに進の意識は闇へと沈んでいってしまった。
何もかもが終わったその先へ。
故にその瞬間、彼女に呼び止められたのは幸運だったのだろう。
どうやら言野原進は、ふざけた運命に好かれているらしい。