「そんな単純な……」
光があきれたようにそう言うが、進としてはその仮定は間違ってはいないのではないかという感じだ。
というかあってくれていないと、もう可能性と言うものがどこにあるのかもわからなくなくなってしまう。
言い換えればその仮定は、苦し紛れに絞り出したものに違いなかった。
「単純だとしても、だ。それくらいしかそもそも考えられることはないだろうさ」
「そうだとしても、よ。単純すぎてあっているとは思えないんだけど?」
困惑したように光が言った。
進はそれを見て、少しだけ笑う。
「誰にも出来ない馬鹿げた予想をしないと、正解にたどり着けないこともあるさ」
例えば、天動説が信じられた時代に地動説を唱えた人間たちもそうだった。
地球が平面だと信じられていた頃に、地球は丸いのだと信じた人も。
みんな、まずは前提を疑った。
故に進も根本的なところへ目を向ける。
(光と俺に共通しているところはなんだ?)
と。
そうしてたどり着いたのが現在の単純な答え。
《|能力の核《オーブ》》を使用している、と。
この世界では誰もが当たり前に使っていて、それでいて《|別世界《セカンド》》の住人である進には
「……異能出来ないことは、異能を介さない物理攻撃でやるしかねぇだろ」
「なにその脳筋プレイ」
「結局この世界は力こそパワーなんだよ!!」
今度は、光の能力と、ゴーレムの剛腕が交差した。
それでも、だ。
やはり破壊は生まれない。
周囲に響き渡るのは、交差した時の爆発するような音だけで、決して両者のどちらかが打ち負けたわけではない。
ただただ、お互いの攻撃が最も簡単に相殺されたのだ。
それを涼しい顔でやってのけた光は、さすがである。
「まぁ、結局私の能力もことごとく相殺してくれるようなふざけた性能をしてるからね。それくらいの予想外があってもいいかもしれないわ」
「だろ?」
実際、目の前の脅威がなくなったわけではないが無理矢理にでも、進は笑いを作った。
「まぁそうかもしれないけど。でも、忘れてない? 進の《錬金術》は聞かないんでしょう?」
「ん、あぁ。錬成物の大きさ的な問題だろうな。そこまで大きいものを作れるわけじゃないし」
かといって、小さいもので巨体にダメージを負わせようなんてそんなことができるわけないし。
……いや、実際には爆弾か何かを作ればダメージを与えられるかもしれないけれども、そんなものを作っている余裕はない。
「ボォォォォ!」
「だぁもう、マジでさっきからうるせぇなぁおい!!」
この音は本当になんで鳴ってるんだよと、そんなことも考えてみたのだが結論、ただの空気の通り穴というだけで特に収穫もなかった。
「これでも喰らってろ!」
そう叫んで進が打ち出したのは、そこらへんの家の残骸なんかよりももちろん小さいただの石塊だった。
そう、なんの変哲もない。
____はずだった。
刹那の時間に、それは飛躍的な加速を遂げる。
そして、
そしてそして、
そしてそしてそして____。
ボゴン、とそれはゴーレムの体を貫き、反対側に失速して飛び出していった。
初めて、攻撃という攻撃が当たった瞬間だった。
「ォォォ」
腹元が抉られたからなのか、空気の通る音が軽くなる。
それはまるで、どうしてと困惑しているようにも感じられる。
息を切らした進は、それでも光に向かって親指を立てる。
おおよそ風の力を使って、爆発的に加速させたとかそういうことだろう。
「ナイス判断。今のがなきゃこうはならなかった」
「ま、即興でやったにしては随分な成果を得ることができたわね。しっかしそうか、やっぱり進の仮説は合ってるのね」
得られた結果を見ながら、面白くなさげに光はつぶやく。
まぁ、なんの捻りもなさすぎて進もなんだか消化不良に陥っている気がしないでもないが。
それと同時に胸騒ぎ、とはまた違う何か焦燥のような感覚を体で感じるのはなぜなのだろうか。
「抉り取った部分にはおそらく攻撃が効くから……光、頼んだぞ!」
「わかってるわよ、これが終わったらなんか奢りなさいよ。あんたが巻き込んだも同然なんだから」
「……いや、元はと言えばあなたが狙われていたんですけどね?」
まったく、理不尽だと進は光の発言に対して項垂れたように返した。
そんな言葉は、彼女には届かなかったようで、もうゴーレムの方へと駆けていってしまっている。
一瞬、ドゴンと周囲のもの全てが振動した。
極所的に光が風を暴発させたのだ。
そう気がついたのは、数秒遅れてのことだった。
「っ!!」
進はそれで体勢を崩しそうになりながらも、なんとか耐えた。
それから彼女の方を見ると、まぁ見事なことにゴーレムは木っ端微塵だった。
さすがだな、と進は思う。
それと同時に、終わる時は終わる時であっけないのだな、とも。
ウエポンが分解されるとかいうイレギュラーがなければ、光たちS級はやはり絶大的な力を持っているのだ。
一般人とはどこか違っている、と揶揄されてしまうくらいには。
進が彼女らを神聖視するというわけではないが、彼女たちの存在が名も売ることのできない下々の人間たちにはそう見えてしまうこともあるのだろうか。
「終わった、か」
どちらか一方が蹂躙する、自分たち以外を巻き込んだこの戦いが。
他の《ハンター》どものことを進は思い出すが、光は大丈夫でしょうとそう言って疲れたように地面に座り込んだ。
***
それで、その事件の全てが終わってくれればよかった。
あの蹂躙劇で《ハンター》との交戦状態が終わってくれればそれでよかった。
進たちはハッピーエンドを迎えることができたはずだ。
なんの変哲もない、進にとっては未だ未知との遭遇ばかりの非日常的な日常へと戻ることだって容易かったはずだ。
それなのに、
「クハハ、なるほどなるほど。《錬金術》のその最奥に眠るものはそれなのか!」
悪人ズラをした……かはわからないが。
少なくとも進の味方ではないであろう人間がそのどこかで呟きを入れた。
興味を持っているのは進という存在ではなく、あくまでも《錬金術》というウエポンであるということは今の発言で十分に確信まで至ることができたと思う。
が、それでも否、本当にそれに執着しているのかと周囲に疑わせるような狂気を観に纏っていた。
その男の着た白衣は端がほつれて、しかもそこには血糊のようなものがくっきりと残っている。
「ではそれをどうすれば貴様は解放できる?」
一度死んでしまえばその力の一端でも見つけることができるのか、と白衣の男は呟く。
その手には、何やら怪しい機械のような____それでも、なぜか生きているような____物が握られていて、それを今にでも押し潰してしまいそうなくらいには興奮した勢いで。
誰もその問いに答えてくれないというのはわかっていながらも、一人狂気まじりに体を揺らす。
「能力というのには解放条件があるからな。貴様のその開放条件を見つけ出したくてしょうがない。あぁ、せめて殺して持ち帰って研究材料にでもするか。そのためなら何匹
男の高笑いが、その部屋全体に響き渡る。
反響して、さらに不気味な雰囲気を醸し出すそれはあながち、その部屋のイメージとしては間違っていないのかもしれない。
マッドサイエンティスト。
この男をいい表すのならば、そんな言葉が一番ちょうどいいのだから。
「では、本当の絶望を始めよう!」
グシャリ、とその手に握られた何かが男によって握りつぶされた。
それによって、男に何か変化が……起こることはない。
その変化の対象は、男なんかじゃない。
もっと遠くの、もっと物語の主要人物たちに近い____。
進は見た。
光が倒したはずの《ゴーレム》が一度、何かの石に突き動かされるかのようにビクンと体を跳ね上げたのを。
意思がないはずなのに、それでもその動作は何かから逃げるような。
その奥を見つめる。
(……日光?)
いや、違う。
進の双眸のその奥に焼きついたものはそんなものではない。
人工的な何かなのだろうがしかし、その答えを進が知ることはなく