進は恨めしそうに土塊とも言えぬ目の前の敵を睨みつける。
「まさか全力で《|能力の核《オーブ》を放出してもなんの干渉も出来ないなんて思ってなかったよこの化物が」
「ボォ」
前に《|土人形《ゴーレ厶》》を粉砕した進の物質の変化を促す《錬金術》でさえも。
それでも進は少しだけ笑った。
まるで何かを見つけたかのように。
「進。どうするわけ? このままだジリ貧になるだけよ。何か決定打を打ちたいのだけど」
何かあるかしらと聞いてくる光に進はあるにはあるさ、と微妙な言葉を返す。
____単純な話、光がセーブしているその《ウェポン》の権能を開放してしまえばいい。
周囲への被害を考えずに全力をときはなってくれればいい。
「でも、光はそれを許してくれないよな」
「そうね。私が最大火力でここら辺一帯を吹き飛ばすのは最終手段だわ。少なくとも、あれより被害を出すことは控えたいわね」
誰だって敵よりも敵をしたくないだろう。
進は予想通りの光の回答を聞いて、まぁそうだろうなとつぶやく。
それから「さて」と小さく声を漏らして、敵の方を見直した。
「って、待ってくれませんよねそうですよね知ってました!」
乱暴に攻撃されて、もう少しで押しつぶされてしまう、というところで光が進を救出する。
《風神》の風は人身を覆い装甲となす。それでもなお、だ。
「まさかこのゴーレム、人のウエポンを分解して!?」
光がそう叫んで、進は驚いた顔でそちらを見た。
まさかそんなバカな、とでも言いたげな顔だったが、光が真剣にそう言ったのを見てゾクリと背筋に悪寒を走らせた。
「もっと《|能力の核《オーブ》》の放出密度を高くできたりはしないのか?」
「違うのよ」
「へ?」
どういうことだ、と進は光に問う。
《ウエポン》は密度が低い方が消滅するのではないのか、と。
それには光から肯定が返ってきて、進はさらに首を傾げた。
そんな進を視界の端に入れながら、光は答え合わせのように口を開く。
「あれは____」
「ボォォォォ!!」
しかしそれを遮るようにして、敵の攻撃が割り込んでくる。
いい加減短調すぎて見切るのは簡単になってきたが、それでも光の補助がなければ避けることで精一杯、か。
進は無様だな、と自分に皮肉を言い聞かせた。
「進、ボーっとしてないで早く逃げる! 今決定打がない以上は回避に専念!!」
「っと、わりいな。_____……そろそろ体に疲労が蓄積してくる、か」
気がつけば、進の呼吸は口呼吸に変わっているし。
まぁ、徹底的にこうして狙われ続けていればそうなるか、と進自身は割り切っていられるのだが。
それでも、思考能力もずっと低下気味というのは非常によくない状況だった。
(何って水分が足りてねぇ。この暑い中走ってるってのに)
ポトリ、と地面に汗が滴り落ちる。
その場所にジワリとそれが滲んでいくが蒸発をする____その前に敵の攻撃によってそこはバラバラと吹き飛んで行ってしまう。
「こいつ、本当になんなんだよ!」
「あれは! あの黒いのはやっぱり《ウエポン》なんかじゃなかったのよ」
先程の回答だろうか。
「もっと何か違うもの。何かと言われればそこまではわからないけど、例えるのなら進の《錬金術》を使った《分解》みたいな!」
要するに、と進は頭の中で光から聞いた情報を一言にまとめた。
(事象そのものに干渉するってことかよ____)
「でも、でもよ。やつは何かを手当たり次第に分解しているわけじゃない! 知性がないはずなのに、よ。つまり何かその権能が発動するための条件があるはず!」
「でもそれが、自分に害をなすものだけとかいうそんな条件だったら?」
光が少し黙り込んだ。
どう答えようか悩んでいるような様子だ。
あくまで可能性なのだからそこまで真剣に考えなくてもいいんだけどなと進が思っていると、自分なりに答えが出たらしく彼女は進に向かって言った。
「その時は周囲にあるもの全部を害なすものにしてやるわよ」
「ヒュー流石S級様。スケールが違いやがるぜこんちくしょう!」
でもま、光だけに負担はかけられないしな____進は無意識にそう思って体を押し動かす。
まったくもって不本意ながら、《ハンター》とかいうよくわからない組織に殺されかけているわけだが。
それでも仲間と一緒に戦えるというこの状況が進にとっては少なからず楽しかったのだろう。
「まずはあいつの《分解》条件をサーチする。それでオッケ?」
「オッケーよ。とは言っても、無理はしないでね」
「了解。死なないように頑張るさ」
とりあえずは二人とも、別々の方向へ走り始めた。
(つっても、あれが狙ってくるのは俺のほうばっか、か)
この前まで、襲おうとしていた光は一切無視。
まさかそこまでに切り捨てることができるとはな、と進はむしろ苦笑をこぼす。
振り下ろされる剛腕を回避しながら、距離を詰めていく。
「テメェの《分解》はやっぱり俺の《分解》も害なすものとみなすんだろ!」
「ボォォ」
腕が振り上げられる瞬間に、ゴーレムの懐へと潜り込んだ進はその拳をゴーレムの方へと突き出した。
《分解》と唱えながらのそれは、しかしゴーレムの黒い瘴気によって打ち消されてしまった。
それどころか、
「またこれっ!」
進の感覚が歪んだ。
ゴーレムの中に引き摺り込まれるように、進の体に何かが侵食してこようとしていた。
前のゴーレムの時もそうだったように。なぜそんな現象が起こるのかはよくわからないけれども。
(俺の《錬金術》自体はこいつに歓迎されている、とか?)
それはないか、と進はその思考を否定した。歓迎されているのだとしたら、能力の作用というものを拒まないだろうと考えたからだ。
完全に進の異能の権能を拒否しておいてその根本だけを手に入れたいなんて、そんなことを考えるほど《ハンター》は傲慢ではないはずだ。
「手に入れたいのなら、その下の駒は捨てる……ってのが悪の組織のお決まりだろ?」
「ボォォォォ」
相変わらず、空気の通り抜ける音だけが聞こえてくる。
全く戦場には似ても似つかない間抜けな音だったが、それが逆に不気味さを増していたか。
(少なくとも、俺の《ウエポン》自体は何回やっても害と見做されるみたいだな。似たような力を持つ俺の《ウエポン》でだめなら光の方も無理だろうし……)
みことは今一体どうしているんだ、と一瞬そんなことを思い返してみたが呑気に考えている暇はなかった。
結局懐に潜り込んだということは、敵の間合いに自ら踏み入れることと変わりはないのだから。
「わちょっ、回避!」
風圧で、進の髪が逆立った。
一通り風に煽られた進はそれでも敵の間合いから逃げることには成功したようだった。
するとそこには同じように回避したらしい光が。
「どうだった?」
進にそう聞いてくる。
「ダメだな。少なくとも俺の《ウエポン》はあいつに打ち消される」
「私の方も同じような感じだわ。火力を上げれば打ち消される前に貫通もできるかもしれないけど、そこまで解放して倒しきれなかった時が怖いわね」
「何かあるのか?」
「久しぶりに高火力を解放すると、おそらく気絶しちゃうのよね。ブランク的な何かが生じちゃって」
あぁ、なるほどと進は納得の意を示す。
実際できていたことを久しぶりにやろうとすると、感覚が全く変わっているなんてことしょっちゅう進も体験しているのでわからないとは言わない。
慣れというものは、劣化していくものだと知っている。
「みことは?」
進は今しかない、と言ったふうに光に聞いた。
彼女は知らないかもな、とそう思った進だったがそれとは裏腹、どうやら光の方は彼についてもしっかりと把握しているようだった。
「今は戦闘中みたいね。かなりの量だけど……うん、しっかりと戦えてるから大丈夫よ」
「よかった。こっちに来ないから何かあったのかと思ったけど」
なんだ、ただ殺し合っているだけかと思ってしまうほどには進もこの世界に侵食されてきてしまったかもしれない。
殺し合いが日常風景なわけがないのだが、それでもだ。
「他人の心配をしている場合じゃないとは思うけどね」
少しだけ口元を緩ませた進に釘を刺すようにアルトの声が割り込んできた。
わかってるよ、と進は返す。
「純粋な物理攻撃はおそらく通ると思うんだけど」
そのまま話題を無理やり元に戻すかのように進は言う。
それに、光はどうしてと返す。
進が答える。
「建物を壊した時、それは《分解》されなかった」
「でもそれは、自分の害にならないと判断されただけじゃ?」
おいおい、と進は露骨に呆れたような反応を光に返した。
ムッと光が頬を膨らませるのを視界の端に入れながら進はまずは当たり前のことを言う。
「そんな仮定は忘れろ」
あくまでそれは進が考えたことだ。
実験まえの予想に過ぎない。
そして予想はことごとく打ち砕かれることがほとんどだ。
「単純に、あいつの《分解》条件は《|万能元素《オーブ》》が関わっているかそれ以外かで判断されているんじゃないのか?」