その瞬間、一瞬にして辺りを暴風が包み込んだ。
暗い霧のような瘴気に覆われていたその空間へ日光が入り込んでくる。
進はそれに照らされ神々しさをました光に目を奪われながらも、その事実をしっかりと噛み締める。
やはり星見琴光は“範囲系“だけで言えば最強格の力を持っているのだ、と。
「チィ、それでもあのゴーレムには届かなかった、わね」
悔しげに、光が言う。いやいや。
全くそんなに悔しがる必要はないでしょうがと進は思ったが、それでも光のS級としてのプライドが許さなかったか。
「……ゴーレムの使う異能にしては、密度が高いわね」
「《|万能元素《オーブ》》同士は密度の低い方が打ち消される、だったっけ?」
えぇ、と進の問いに肯定が返ってきた。
しかし、光は進の方を振り返らない。
そんなことをするほど自分には余裕がない、とそう伝えたいのだろうか。
「私の《風神》は、効果範囲を広げれば広げるほど《|能力の核《オーブ》》の密度は小さくなっていくから」
ほぅ、と進は唸った。
「だったら、あいつに近づけば?」
「そうしたいのは山々なんだけどね。あのゴーレムを覆っている黒いのがどうしても気になるのよね」
《ウエポン》と言うのには歪すぎる。
光はそう言って眉を顰めた。
確かにそうだ。
あの黒い瘴気の副産物と考えればそこまで疑問はないが、何かそれがそれ単体で二人に圧をかけるような。
「単純に纏っているだけ、とは言い難いからね」
「うーん。俺が先に触れてきてみるっててもアリではあるなありでは」
「ばか? そんなことさせるわけがないじゃない」
腕が片方吹き飛ぶ栗ならば、死なないだろうしワンチャンにかければ《錬金術》でくっつけることも可能かもしれないし、と進は比較的考えて行動したのだがどうやら我らが光様には許してもらえない様だった。
「効率的にはそれがいいのかもしれないけど、あなたが普通のゴーレムに触れた時にどうなったか覚えてないの? あんな
「雑魚って……。あれでも割と苦戦した方だが?」
「周囲の人間の避難が遅れていたからね。私の範囲攻撃で巻き込む可能性があったから」
全力を出せなかった、と。
それが言い訳にならないのが本当にすごい。
実際、進が苦戦していたのに対して、光は終始余裕を持っていた気がするし。
ということはとりあえず一旦置いておいたとしても、だ。
「光から見てもあの黒いのは異常?」
「異常、というよりはあれがなんなのかがわからない、と言った方が私的にはしっくりくるわね」
「《ウエポン》という可能性は?」
「
一刀両断だった。
進の質問に対して、光は一呼吸の間も置かずにズバリと切り捨てた。
否定の言葉を口に知ることにまったく躊躇を見せなかった。
進はそれに少しだけ目を見開いたが、次の瞬間にはへぇ、と面白そうに口を歪ませた。
「その根拠は?」
「周囲の《|万能元素《オーブ》》にただ一つの変化もないから」
それを聞いて、進はちらりと黒色をしたゴーレムの方へと目線を向け変えた。
はっきりと光があれのことを《ゴーレム》と呼んでいるのでらしきものとわざわざ考えなくてもいいか、と割り切って進は考える。
「ちなみにそれって異常だったりするのか?」
「そうね、金輪際私がそんな事象を観測したのは初めて、と言えばわかるかしら。世界中のいろいろな人と交流しても、ね」
「あぁ、そりゃぁ確かに異常だねぇ。以蔵すぎるなぁ!?」
なんてものを的組織は作ってんだよぉぉぉと進は心の中で絶叫して、はぁとため息をついた。
諦めるわけではない。それではあれがなんなのか、ということを考えるために。
ヒートアップし始めた頭を一度冷やすために。
(とはいえ、|こっちの世界《オリジン》と|元々の世界《セカンド》の違いについては大まかにしかわかっていないしな____あぁもうメモリーのやつめ、なんか有用な情報を頭の中にれててくれよ!!)
いやだよー、と言いながら無邪気に笑う彼女の姿を頭の中に鮮明に思い描くことができて進は首横に振る。
彼女と久しぶりに話したい気持ちは山々ではあるのだが、今はそんなことを考えている暇はないと頭の中から雑念を追い出す。
「たとえば、だけど光。俺が今動いたとして、その周りの《万能元素》には変化があるのか?」
進がそう聞くと、光は少しだけ考えるような素振りをする。
「……変化をしてると言われれば変化をしているし、変化をしていないと言われればば変化をしていないかなぁ。進が動いただけの環境の変化に適応しようとしてごく微細な変化が起こってる、みたいな?」
「……へぇ、俺より小さいものだったらその変化は?」
「もちろん、といっていいのかわからないのだけど変化は小さくなるわよ。その逆も成り立つけど……」
無。
皆無。
なにもないことはやはり変わらない、か。
異常性を除いてしまえば、実に奇妙な話だった。
「まぁそうこう考えてる暇はなさそうだけどな〜〜」
「……呑気、というかこんな状況なのによくそんな余裕があるわね、あんた」
ズシン、ズシンと更新してくるゴーレムを見据えてホワァとあくびをした進に光が軽めのチョップを入れながら同じように敵を見据える。
進は呆れたような表情をした光に、いやいや違うんだよと否定の言葉を返した。
「こんなところで精神的に追い詰められたくないんだよ。思考に余裕を持とうと思って」
「思考に余裕を持つことと、ふざけるのは違うと思うけど?」
「俺にしちゃ、どっちも大差ないんだけどなぁ」
こんな状況ならな、と進が呟いて光は諦めたようにそれを無視した。
大体、平和な世界に生きてきた進はこういう時どんな心境で戦いに臨めばいいのか、なんてものを知りはしない。
知ってしまうのが、少しだけ怖い。
(それでも今必要なのは、俺一人、たった個人だけの強情ではないか。……いや、最初からそんなことはわかっているけどさ)
剛腕が、もう何度目かわからないが振るわれた。
光が防御をするために能力を発動させたらしいが、しかし。
「っ!?」
(悪いな光。《ハンター》が今最優先で殺しにかかってくるのは俺なんだ)
癖というものか。
今までは敵が自分のことを真っ先に狙ってきていたから、同じように防御しようと。
自分を守ってしまった光を見ながら、進は
「進!」
「大丈夫だ、ここまでは少なくとも予定通り」
「?」
光が困惑するような目を残したのを確認したが、それはすぐに間に割って入ってきたゴーレムの腕によって見えなくなってしまった。
進はその腕に向かって同じように腕を突き出す。
「とりあえず、俺の全力を持って行けやゴラァ!!」
進は前回と同じような結果になっても、光がどうにかしてくれるだろうなんて甘い考えを持っていたわけでもない。
かといって前回死にかけたことを忘れたわけでもない。
ではどうして光に隠れるようにしてそんなことをしたのか。
それは____。
(最悪俺が死んだとしても、こいつが倒れてさえしてくれればいい!)
死ぬことさえ厭わない。
否、言野原進は死ぬというメカニズムに恐怖はあっても、死そのものに対しての恐怖はない。
ある意味、何かのリミッターを心の中で外してしまった異常者。
考えてみれば、最初からそうだったか。
何をするにも、進の行動理由は基本的に誰かのためと偽った自己中心的な行動が主だった。
たとえば、β28との戦闘の時。
例えば少し前の《|土人形《ゴーレム》》事件の時。
「ボォ、ボォォォ」
そんな進の行動を見ても何も思うことができないのが目の前の黒いゴーレムなのか。
進とソレの大きさの違いすぎる腕が交差した。
刹那。
起こったのは、一方的な蹂躙だった。
進の体が宙を泳ぐ。
そのままかなりの距離飛ばされて、進は何かにぶつかって静止した。
その衝撃の柔らかさに進は疑問を抱く。
「まさか、私の目の前で進を殺させるとでも?」
「ったく、つくづく仲間に恵まれてるよ」
.
空気のクッションと言ったところだろうか。
いかにも光らしい。
そのまま、フワリと地面に降り立った進は光に「サンキュ」と言った。
「あんたねえ、何やってんのよ!」
「あ、サーセン」
そう言えばこの少女はそんな人物だったと進は思う。
進を利己的と表現するならば、光はどこか利多的な。
否、その表現が二人を表すのに適しているのかと言われれば肯定を返すことができないのかもしれないけれども。
「で、なにをしたかったの?」
「っ____」
まったくこの少女は、と進は心の中で呟いた。
光は進を責めない。
死ぬかもしれない、そんな行動をしたと言うのに彼女は絶対に進個人に極度な憤怒を見せたりはしない。
「……俺の《ウエポン》を使ってどれくらいの干渉ができるのか試したかった____けど」
そうして進はだまリこんだ。