「その……わたしはまだ、殿下の
「妃殿下だなどと……わたしのような者がそう呼ばれては、大切な殿下の御名に傷がつくかもしれません。それに、殿下のお気にも
妃の呼称をやめてほしい、と、瓔偲はしずかに微笑して請う。
「べつに……!」
気に障ったりなんかしない、と、燎琉は言いかけたが、けれども、妃の呼称で構わない、と、そう言ってしまうのも
むすっと押し黙ったこちらを、周
「周じぃ、なんだその溜め息は? どういう意味だ?」
燎琉は老太医を
そこで老太医は瓔偲のほうへ向きなおる。
「さてさて。せっかくここまで出向きましたからには、殿下、ついでと申してはなんですが、瓔偲さまのお身体を
場の何とも言えぬ空気を読んでのことだったのか、周華柁はころりと話を変えて、そんなことを申し出てきた。その提案について、
「好きにしろ」
肩を竦め、そう言ってやった。
「え?」
逆に驚いた顔をしたのは瓔偲だ。だが周太医は、瓔偲に向かって笑んでみせる。その笑顔は穏やかでありつつも、有無を言わせぬ迫力があった。
「先程も申しましたが、今後、
さあそこに横になって、と、周太医が示したのは窓辺の
周太医は瓔偲の腕を取り、袖を
「ふむ、ふむ。落ち着いておられますな」
やがて目を開けるとそう言って、問題ないようです、と、ひとつ頷いた。
「いまは、発情を抑える
「はい。
「その薬の残りは? まだありますかな?」
「念のためにと、あとしばらくの分までは、いただいております」
「では、その後のものは、早々に儂のほうで処方いたしましょう。いったんは吏部の医局に問い合わせて、これまで通りの薬を出しましょうかの。ただ、つがいを得て、今後はお身体に変化があるやもしれませぬゆえ……お身体のご様子を診ながら、瓔偲さまに合う処方を、おいおい工夫してまいりましょうか」
周太医は穏やかな口調で瓔偲に語りかけた。瓔偲は目礼しつつ、ありがとうございます、と、口にした。
「そのほか、いまお飲みになっている薬などはございますか?」
「それは、その……」
周華佗からの問いに、それまではきはきと応答していた瓔偲が、やや言いよどむ。ちらり、と、彼が窺い見たのは、なぜか燎琉のほうだった。
なんだろう、と、思ううちに、相手は意を決したのか、周華柁のほうへと視線を戻してしまう。
「懐胎を、防ぐための薬を……」
瓔偲が口にしたのは、そんな言葉だった。
燎琉ははっとする。
「これも、鵬明殿下付きの太医の方から七日分を処方されて……今朝、最後のものを飲み終えました。周先生、あの……わたしには、懐妊の兆しがあったりは、しないでしょうか?」
そうだ、と、おもう。燎琉と瓔偲とは、あの日、互いに発情状態での交わりを持ったのだ。そのときに瓔偲が懐妊した可能性は、十分に考え得るものだった――……どうしていままで思い至らなかったのだろうか。
理性を飛ばして相手を
意識は最初からほとんど
それに意識を囚われるように、燎琉は、ふら、と、
気づけば、相手のほうへと自然と手指を伸べている。
「――……おほん、うぉっほんっ!」
そのとき、瓔偲の脈を診ていた周華佗が、いかにも
「殿下。残念ながら、そこにはまだ、どなたも宿ってはおられぬようですぞ」
老太医に言われ、それでようやく、燎琉は己が横たわる瓔偲の腹のあたりを無意識に手で撫でさすっていたことに気が付いた。
弾かれたように手を離し、その場から飛び
それから、再び瓔偲のほうへ視線を落とすと、あらためて、ゆるゆると首を振った。これが先の瓔偲の問いへの
「薬が効いたのでしょう。まだ確かとまではいえませぬが、おそらく、
それを聴き、瓔偲は、ほ、と、息を吐く。そのままゆっくりと身を起こすと、己の所業に気まずく黙り込んだままでその場に立ち尽くしている燎琉を見上げた。
「殿下」
「……なんだ」
「不慮のこととはいえ、勿体なくも殿下のお種をこの
瓔偲は静かに口にして目を伏せがちにする。種を肚に、と、その発言に、燎琉はかっと頬を染めた。
瓔偲の肚――……先程この手が触れた薄い肚の中に、自分はあのとき、深々と
瓔偲の
そんなことを考えながら、燎琉は瓔偲の瞼を縁どる長い
こくり、と、喉が鳴る。
けれども、今回はまた己が百合の香に意識を奪われそうになっていることに気が付いて、努めて、相手から顔を背けた。
「……お前が謝ることじゃない」
仕方のないことだろう、と、ぶっきらぼうにそう言う。
「はい」
そうちいさく答えて微笑んだ瓔偲が、そのままじっとこちらを見ているふうなのが、燎琉にはどうにも居た