「
「もしも七日前のことが事故ではなく、誰かの仕組んだ陰謀であったことが明らかになれば……あるいは、陛下にわたしとの婚姻の命を取り下げていただくよう、お願いすることができるかもしれません。もしもそうなら、わたしとつがったことについて、殿下の負うべき責任はございませんでしょう?」
瓔偲はやわらかく微笑して言った。
「もしも悪意を
そのためにも出来る限りのことを、と、そう口にする瓔偲に、燎琉は先程とは違った意味で
「でも、お前は……?」
もしも燎琉と瓔偲との
誰かによって理不尽に
「お前は……どうするんだ? だって、俺とのつがいの関係は、もう、生涯解消できないだろう?」
どちらかが死ぬまで、それは一生涯に
「それでも……いいのか」
燎琉が眉根を寄せると、瓔偲は苦笑した。
「それはべつにかまいませんが……ただ」
「なんだ?」
「いえ、その……もしも
「それは、むろん……そうなったときには、父帝には掛け合うが」
それでいいのか、と、燎琉は
「それだけで、結構でございます。実は恥ずかしながら、
「それに?」
「これでも、誇りを持って、国のために尽くしてきたつもりでございます。官たることを、わたしは自らの存在意義と思って参りました。ですから、ぜひとも、そのときには官吏に戻してください」
それだけで満足だ、と、彼はしずかにわらう。燎琉は相手の顔に浮かぶ悟ったような――あるいは、もう
ちょうどそのときだった。
「この周じぃをお呼びですかな、殿下」
扉の外から、のんびりとした声が聴こえてきた。
燎琉ははっとすると、立ち上がって扉へ駆け寄る。
「じぃ、よく来てくれた!」
扉を引き開いて、その向こうに立つ
「あちらが、殿下のお妃さまになられる御方ですかな?」
婚儀のことはまだ内々の話でしかないはずだが、おそらくは、
「
「なるほど、鵬明
ほっほっほ、と、周太医はのんびりと笑うと、
「周華柁と申す
周太医は瓔偲に向かって
瓔偲は立ち上がると、こちらもまた老医師に拱手と目礼を返している。
「郭瓔偲です。わたしが殿下にお願いして、周先生をお呼びいただきました。急にお呼び立ていたしましたこと、まずはお詫びを」
「いえいえ、御遠慮なくなんなりと」
周太医は人の
「それにしましても、殿下。赤子の殿下をこの手で取り上げ、
よよよ、と、いかにも嘘くさい泣き真似までしてみせる。燎琉は――なにしろ赤子の折からこちらのことを知っている相手の言だけに――少々げんなりしながらも、とりあえず周太医に
「まあそれはいいから、まずは俺たちの話を聞いてくれ、じぃ」
「そうでした、そうでした。何かございましたかな、殿下」
「うん。これなんだが」
燎琉はそう言って、先程瓔偲から手渡された薬包を周太医の前に差し出した。
老太医は
「
そう言う。
「わかりますか」
驚いたように口にしたのは瓔偲だった。
「包み紙が医局のものですからな。
周華佗は瓔偲のほうへと視線を向けた。
瓔偲はうかがうように燎琉に
「周じぃは、間違いなく信のおける者だ」
燎琉は瓔偲にむけて、ひとつ力強く頷いてやる。
それを受けた瓔偲が、改めて周華柁の顔を真っ直ぐに見詰めた。
「周先生に、調べていただきたいことがございます」
「ふむ」
「この薬……おっしゃるとおり、癸性の官吏について定めた規則に従い、わたしが医局から処方されて服用していたものでございます。飲み忘れなどはなかった。それにも関わらず、わたしはあの日、発情を起こしました。そのせいで、
最後のほうの瓔偲の声は、縮こまるような小さなそれだった。
「なるほど。妃殿下には、薬に何か混ぜ物をされたのでは、と、それをお疑いですかな?」
周華佗の
「あるいは、薬自体をすり替えられたのかもしれませんが。とにかく、これにおかしな点がないか、まずはそれをはっきりさせたいのです」
「ふむ、ふむ……これは、開けてみても構いませんかな?」
周太医に訊ねられ、はい、と、瓔偲は短く応じた。
老医師は慎重な手つきで薬包を開くと、中の粉末をまじまじと見たり、鼻を近づけて匂いを確かめたりしている。しばらくすると、人差し指の先に粉末を取って、ぺろりとひと
「うぅむ、見た目や匂い、口に含んだ時の感じは、一般的な発情抑制のための薬となんら変わりありませんなざ。――瓔偲さま、こちらは持ち帰ってもよろしゅうございましょうや? 詳しく調べてみますほどに、一日、二日、いただけますかな」
周太医は言った。
「じぃ、たのむ」
燎琉は我が太医を真っ直ぐに見る。
「お手間をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」
瓔偲は深々と頭を下げた。
「はいはい、周じぃにお任せあれ。殿下とそのお妃さまの
老太医は
「あの……周先生」
そこでおずおずと、どこか躊躇うふうに、瓔偲が周太医に声をかけた。