皇帝に婚姻についての再考を願うことはしない、と、燎琉はちいさく息をついた。
「俺はすでに
長い吐息とともに言うと、はあ、と、皓義はやはり微苦笑である。
「相変わらずというか、何というか……殿下はまったくもって、物わかりが良すぎるほどに良いですよね。でも、ほんとうに後悔しないんですか? そんなふうに唯々諾々と命令に従ってしまって」
すこしくらい反抗して――有態にいえば、ごねて――みてもいいのではないか、と、皓義はそんなことを言う。
「お前な」
いくら父であるとはいえ、
けれどもそれから、ふう、と、気を取り直すように、大きく
「そりゃあ俺にだって、思うところは、あるにはあるが」
燎琉はつぶやくように言った。
「だが……父の言い分も、わからないではないんだ。
事故とはいえ、燎琉が郭瓔偲を無理につがいにしてしまったのは事実なのだ。ならば、皇子として、責任はとらなければならないと思う。
癸性の官吏への登用を――あるいは、それ以外も、社会一般へ彼ら・彼女らが出てくることを――父帝は、積極的に推し進めようとしている。燎琉だとて、それが必要な政策であることは、理解しているつもりだ。
ならば今度の決定は簡単には
「
一歳年上の侍者はそう言いつつ、どこか複雑な感情を、ちらりと口許の微苦笑ににじませた。
「せめて愛せそうな方だといいですね、今度のお相手。
「毛色って……お前はもうすこし言葉を選べよ」
燎琉が鼻頭に皺を寄せると、すみません、と、皓義は軽く肩をすくめて詫びた。
「でも、実際、どうします? お相手の方が、とっても
続けて、そんな
「知るか。その時考える」
遠慮のない口をきく従者に燎琉が短く答えると、さようですか、と、相手は苦笑した。
「まあ、でも、殿下は皇族ですしね。
「お前な……正妃を迎える前から、側妃の話などするなよ。正妃としてこの殿舎に入る予定の相手に失礼だろうが」
燎琉は不快を顕わにする。
「はは。殿下はほんとに真面目でいらっしゃいますよね」
皓義は気にしたふうもなく軽く笑った。
「で。話を戻しますが。――だったらなぜ、殿下はわざわざ、
そこでようやく、相手は本題を思い出したらしい。
「ああ、それは、婚姻の相手……郭瓔偲に聖旨を届けるよう、陛下から命ぜられたからだ。向こうは、いまは叔父上のあずかりとなっているらしい」
「向こうって……殿下だってやっぱり、随分と他人行儀な呼び方ではないですか。殿下のつがいとなられ、これからお妃になられる方でしょう?」
「っ、仕方ないだろう。つがいというが、あれはあくまでも事故だったんだ」
「ええ。あれは事故でしょう? でも、殿下はお相手を
繰り返すように問われて、燎琉は言葉に詰まった。
「それは……」
燎琉だって、これが正しい選択なのかどうか、正直わからなかった。自分が本当はどうしたいのかもわからない。
迎え取るのは、ほぼ、見も知らぬ相手といって差し支えない者だ。けれども、すでに、彼は燎琉のつがいなのだ。
拒むわけにはいかない。皇子として。
それが皇族としての務めだと考えるのは、決して間違ってはいないはずだ。
そう己に言い聞かせ、納得したともりでいながらも、真正面から問い詰められると迷ってしまう。燎琉はきつく眉根を寄せた。
こちらが継ぐべき言葉を探しあぐんでそのまま黙り込むと、やがて、ふう、と、皓義は嘆息する。
「まあ、殿下がお決めになったことならいいんですよ、なんでも。なんにせよ、僕はそれに随いますから。――でも、そうか。戸部の官吏ってことは、殿下のお相手は、鵬明殿下の直接の部下にあたる方なわけですね」
こちらの顔色を見て敢えてそうしたのだろうか、がらりと話題を変えて、つぶやくように皓義が言う。
「らしいな」
燎琉はうなずいた。
「なるほど……あの鵬明殿下の部下ですか」
思わせ振りに繰り返した皓義が、燎琉をちらりと見る。燎琉には皓義が向けてくる視線の意図が、いやというほど、理解できた。
郭瓔偲が実際、高慢だとか高飛車だとか、あるいは
だがすくなくとも、叔父の下で働いていた以上、一筋縄ではいかない人物の可能性は、十分にあった。燎琉の叔父にあたる鵬明とは、つまり、そういう人物だからだ。
「とりあえず……叔父上のところまで行ってくる」
燎琉は重たい気分でそう言った。