皇族男子は、
朝堂で父帝に謁見し、不本意な婚姻の勅命を授けられた燎琉は、いま、父帝のもとを辞して居宮である椒桂殿への帰途にあった。
楽楼宮の中を縦横に走る、壁と壁の間の
そして、院子を抜けた北正面、短い
さらに、
燎琉がちょうど椒桂殿の院子へと足を踏み入れかけたときである。
「殿下、おもどりなさいませ」
そう呼びかけてきたのは、幼い頃から燎琉に仕える侍者の
李家は、由緒ある武門の家柄だ。皓義は現当主の孫――二男坊――にあたるが、燎琉にとっては
形の上では侍者とはいえ、燎琉にとって、誰よりも気安く接することのできる存在だった。相手もまた――燎琉自身がそう望んだのもあって――変に
「殿下、それで……陛下からは、何と?」
皓義に訊ねられ、
「どうもこうもない」
振り返ると、くちびるを引き結びつつ、相手を軽く
燎琉に仕える者として、いまの皓義の質問は当然のそれではある。が、なにしろこちらは機嫌がよくない。もちろん、不愉快、不機嫌の原因は、先程父皇帝から命じられたばかりの意に染まぬ婚姻にあった。
「
燎琉が吐き捨てるように言うと、皓義は一瞬、目を
「それはまた随分と急なことで……えらいことになりましたね、殿下」
苦笑するように言った。
「笑いごとじゃない」
扉を押し開けて、居間である正房へと足を踏み入れつつ、燎琉は言う。
「まあ、そうでしょうね」
後ろに続く皓義は軽く肩を
「それで、宋家の御令嬢とのお話は?」
「白紙だ」
「ああ、それは残念でしたね……宋家のお嬢さまでしたら、殿下のお相手として、家柄も申し分ない。それよりなにより、殿下もお嬢さまをお気に召しておられるようでしたのに」
皓義の言葉に、まったくだ、と、燎琉は眉間に皺を寄せた。
そんな燎琉を見ながらふと沈黙した皓義だったが、やがて、ふう、と、しずかな溜め息をついた。
「皇族ならば、もとより想う相手と
「……夢見がちは余計だ」
従者の要らぬ付け足しに、燎琉はますます表情を
燎琉とて曲がりなりにも皇族だ。しかも現皇帝と皇后の間の唯一の男子である。己が置かれている立場が――望むと望まざるとに関わらず――重いものであることだって自覚していた。
だから、いずれ自分が誰かと婚姻を結ぶ折には、それはかなりの確率で当人同士の意思とはまるで関わらない、
想いを寄せる相手と、そうそううまく婚姻が叶うなどとは、最初から期待してはいない――……皇族に生まれたものの、それは
仕方がない。
だが、それでも、だからこそせめて、愛し、愛されることができそうな相手との縁があれば、と、そう願っていたのは確かだった。
妃に迎える相手を、燎琉は、出来れば愛し、大切にしたいと望んでいた。そして、母皇后が燎琉の相手として白羽の矢を立てたらしい宋家の娘は、おっとりと
それだけに、今度のことで、彼女との縁が切れてしまったのには、正直言って残念だ。腹だって立っている――……誰に向けるべき業腹かは、わからないが。
燎琉は、はあ、と、これみよがしに大きく溜め息を
苛立ちにまかせて、がしがし、と、頭を
「お茶でもご用意しましょうか。一服して落ち着かれては?」
そう提案されたが、燎琉は首を振った。
「いや……これから叔父上のところへ行かなければならないんだ」
この燎琉の言葉に、皓義は軽く目を
「
燎琉には意中の相手がいる。しかし、今度のことで、それとは別の人物との婚姻を皇帝その人から命じられてしまった。
その婚姻について、たとえば、皇帝に近く、力のある人物に頼めば、再考を願うこととてかなうかもしれない。だから皇帝の弟に会うつもりなのか、と、皓義は燎琉の意図をそう読んだようだった。
「いや……」
けれども燎琉は、皓義の問いかけに静かに