第65話 同僚

「改めて、2階の捜索を開始する。しっかり付いてくるように!」

「は!」


 その掛け声で、また4つに分かれる。

 私たちはあの"赤い影の跡"の近くを探索する事にした。


「とりあえず、こっちを見ましょう」


 ニイナは書類まみれのオフィスの一室へと入る。

 私とヒナも続く。


 ⋯タバコ臭いな

 ここは禁煙ではなかったらしい。


 ヒナも「うっ」と鼻をつまんでいる。

 最近は禁煙室しかないのもあって、久しぶりの感覚。

 もちろん良い感覚ではない。


 にしても、警察署なんて入る事無いから、見る物全てが新鮮というかなんというか。

 この【最新警戒人物リスト】なんて書類も、ここでしか見られない。


 他にも【パトカー担当日割】や【交番担当日割】など、日によってパトカーによる巡回や、交番へ出向く人の名前が記載されている。


 へぇ、交番への勤務は1ヵ月毎で変更なのね。

 月毎に歌舞伎町、新宿駅東口、新宿駅西口、大久保とつらつらとある。


 壁には詐欺防止や交通安全、痴漢や盗撮への注意、イベントコラボやアニメコラボなどのデジタルポスターがある。

 これらはどの部屋にも似たようなのが張ってあったな。 


「中はこんなふうになってるんですね」


 周りを見渡すヒナ。

 その手には謎の書類が持たれていた。


「なに持ってるの?」

「これですか? 【リストラ予定表】ってのがありまして」

「へぇ~、見せて」


 最近は警察にリストラってあるんだ。

 公務員にもリストラ制度が入ったって聞いたけど、ここにも皺寄せが来てるのね。


 読むと、"AIの超高性能化により人員の削減を行います、ご了承下さい"のような事が書いてある。

 その代わり、"家でAI監視のような形で給料を出す"とされている。


 でも、給料は結構減るみたい。

 新しい形の仕事が増えてはいるけど、まだまだ待遇が微妙なのかな。


「⋯先輩ッ! 下がってッ!!」

「?!」


 突如、目の前に"赤く透明な何か"が落ちてきた。

 ニイナの声が無かったら、これに飲まれていた。


「これ⋯さっきの⋯!」


 さっきの"小野田さん?"の首から伸びていたアレだった。


「ユキちゃんッ!!」

「先輩ッ!!」


 不意に私へ向かって飛んでくる。

 ニイナの矢とヒナの槍がヤツを突き刺し、追撃で私が薙ぎ払うと、分裂するようにして地面へと溶けていった。


「き、気持ちわる⋯鳥肌立った⋯」


 全身の鳥肌が凄い。

 生理的に無理すぎる。


「さっきの、ですよね」

「⋯そうね」

「アイツ、〈天魔神の超重力〉の効果をすり抜けてました。次はよく見ておかないと⋯」


 言うと、ヒナは天井を見始めた。

 今は何もいないと思うけど、またいつ来るか分からないのが鬱陶しい。


「今のではっきりした、一人いなくなった原因が⋯」


 部屋の奥にいたニイナがこっちへと近付く。


「"アレ"にやられたってこと?」

「それ以外無いでしょう。この状況で一人で上に行ってしまうなんて、本当にあると思いますか? 頭の良いユキ先輩なら分かるはずですよね?」

「うっ⋯」


 黒能面の隙間から見える鋭い目。

 まるで私が罪を犯してしまったみたいに。


 これが本職か⋯!

 あんな感じで取り調べとかいつもやってたのかな。

 可愛いと思って甘く見てたら、痛い目を見るってこういう事なのかも。


 ⋯それは置いとくとして


 もし自分が小野田さんだとしたら、ニイナの言う通り。

 どうみても一人の方が危険で、メリットが何一つ無い。


「あのーすみませんニイナちゃん、ちょっと目が怖いです⋯」

「え」


 ⋯?


 あれ、ニイナが突然固まった。

 かと思えば、しどろもどろし始めた。

 あの目、ヒナの位置からも見えてたんだ。


「目、今も怖いですか!?」

「ううん、いつもの可愛い目に戻りましたね」


 私にも「もう怖くないですか?」と同じ事を聞いてくる。

 言うまでもなく、返事はヒナと一緒。


「でもどうしよどうしよ⋯性格だけじゃなくて目も直さないとかぁ⋯でも今はそれどころじゃないし⋯」

「えっと⋯? 落ち着いて?」

「ユキちゃん、これ、やっちゃったかも」


 うん、やっちゃったね。

 この子、完全にスイッチ入った。


 これ、ルイの時と似た地雷踏んだっぽい。

 「高圧的な態度直したい」って言ってた時のあれと。


「やっぱり警察やめようかなぁ⋯カイと一緒に探偵するでもいいじゃん⋯なんならアスタ様のところでバイトでもいいじゃん⋯こんなとこいるからこんなんになるんだもん⋯もうヤダ⋯」


 彼女はぶつぶつ独り言を言いながら、部屋から出て行ってしまった。


「ヒナ、慰めてあげよ」

「⋯はい」


 後を追って部屋から出る。

 どちらにしろ、もうここに用は無い。


「ほらニイナ、あなたはいいのよそれで。ギャップで可愛いってやつよ」

「そうそう! ごめんねニイナちゃん、だから元気出して」

「うぅ⋯」

「さぁ戻ろ。さっきあった事を報告しないと」


 ここで戻るために角を曲がろうとした時だった。

 一人の女性が私たちの前に立ちふさがった。


 警察官の服装、血だらけの格好。

 俯いたままこっちを向こうとしない。


「⋯⋯"リウ"」


 ニイナがそう言った瞬間、"リウ?"は首を回し、


『かおえふぁおえんけまいなけ? なふげふたやねかがふてる?』


 "さっき"と同じ、理解不能な発言をした。

 首が飛び落ちると、あの"赤く透明なアレ"が首元から生えた。

 この時、隣のニイナが小さく「ごめん」と言ったのを私は聞き逃さなかった。


『かおえふぁおえんけまいなけ? なふげふたやねかがふてる?』


 躊躇なく、彼女の弓から強烈な一撃が放たれた。

 "アレ"の跡形すら無くなるまで。


 私とヒナが手を出す必要すらなかった。

 この"惨劇があった床"を見れば、誰でも分かると思う。


「(⋯夢でも、謝るから)」


 この時、ニイナが泣いてたかは分からない。

 一つ分かるとすれば、先を歩く背中は"いつもより丸まって"見えた。