「改めて、2階の捜索を開始する。しっかり付いてくるように!」
「は!」
その掛け声で、また4つに分かれる。
私たちはあの"赤い影の跡"の近くを探索する事にした。
「とりあえず、こっちを見ましょう」
ニイナは書類まみれのオフィスの一室へと入る。
私とヒナも続く。
⋯タバコ臭いな
ここは禁煙ではなかったらしい。
ヒナも「うっ」と鼻をつまんでいる。
最近は禁煙室しかないのもあって、久しぶりの感覚。
もちろん良い感覚ではない。
にしても、警察署なんて入る事無いから、見る物全てが新鮮というかなんというか。
この【最新警戒人物リスト】なんて書類も、ここでしか見られない。
他にも【パトカー担当日割】や【交番担当日割】など、日によってパトカーによる巡回や、交番へ出向く人の名前が記載されている。
へぇ、交番への勤務は1ヵ月毎で変更なのね。
月毎に歌舞伎町、新宿駅東口、新宿駅西口、大久保とつらつらとある。
壁には詐欺防止や交通安全、痴漢や盗撮への注意、イベントコラボやアニメコラボなどのデジタルポスターがある。
これらはどの部屋にも似たようなのが張ってあったな。
「中はこんなふうになってるんですね」
周りを見渡すヒナ。
その手には謎の書類が持たれていた。
「なに持ってるの?」
「これですか? 【リストラ予定表】ってのがありまして」
「へぇ~、見せて」
最近は警察にリストラってあるんだ。
公務員にもリストラ制度が入ったって聞いたけど、ここにも皺寄せが来てるのね。
読むと、"AIの超高性能化により人員の削減を行います、ご了承下さい"のような事が書いてある。
その代わり、"家でAI監視のような形で給料を出す"とされている。
でも、給料は結構減るみたい。
新しい形の仕事が増えてはいるけど、まだまだ待遇が微妙なのかな。
「⋯先輩ッ! 下がってッ!!」
「?!」
突如、目の前に"赤く透明な何か"が落ちてきた。
ニイナの声が無かったら、これに飲まれていた。
「これ⋯さっきの⋯!」
さっきの"小野田さん?"の首から伸びていたアレだった。
「ユキちゃんッ!!」
「先輩ッ!!」
不意に私へ向かって飛んでくる。
ニイナの矢とヒナの槍がヤツを突き刺し、追撃で私が薙ぎ払うと、分裂するようにして地面へと溶けていった。
「き、気持ちわる⋯鳥肌立った⋯」
全身の鳥肌が凄い。
生理的に無理すぎる。
「さっきの、ですよね」
「⋯そうね」
「アイツ、〈天魔神の超重力〉の効果をすり抜けてました。次はよく見ておかないと⋯」
言うと、ヒナは天井を見始めた。
今は何もいないと思うけど、またいつ来るか分からないのが鬱陶しい。
「今のではっきりした、一人いなくなった原因が⋯」
部屋の奥にいたニイナがこっちへと近付く。
「"アレ"にやられたってこと?」
「それ以外無いでしょう。この状況で一人で上に行ってしまうなんて、本当にあると思いますか? 頭の良いユキ先輩なら分かるはずですよね?」
「うっ⋯」
黒能面の隙間から見える鋭い目。
まるで私が罪を犯してしまったみたいに。
これが本職か⋯!
あんな感じで取り調べとかいつもやってたのかな。
可愛いと思って甘く見てたら、痛い目を見るってこういう事なのかも。
⋯それは置いとくとして
もし自分が小野田さんだとしたら、ニイナの言う通り。
どうみても一人の方が危険で、メリットが何一つ無い。
「あのーすみませんニイナちゃん、ちょっと目が怖いです⋯」
「え」
⋯?
あれ、ニイナが突然固まった。
かと思えば、しどろもどろし始めた。
あの目、ヒナの位置からも見えてたんだ。
「目、今も怖いですか!?」
「ううん、いつもの可愛い目に戻りましたね」
私にも「もう怖くないですか?」と同じ事を聞いてくる。
言うまでもなく、返事はヒナと一緒。
「でもどうしよどうしよ⋯性格だけじゃなくて目も直さないとかぁ⋯でも今はそれどころじゃないし⋯」
「えっと⋯? 落ち着いて?」
「ユキちゃん、これ、やっちゃったかも」
うん、やっちゃったね。
この子、完全にスイッチ入った。
これ、ルイの時と似た地雷踏んだっぽい。
「高圧的な態度直したい」って言ってた時のあれと。
「やっぱり警察やめようかなぁ⋯カイと一緒に探偵するでもいいじゃん⋯なんならアスタ様のところでバイトでもいいじゃん⋯こんなとこいるからこんなんになるんだもん⋯もうヤダ⋯」
彼女はぶつぶつ独り言を言いながら、部屋から出て行ってしまった。
「ヒナ、慰めてあげよ」
「⋯はい」
後を追って部屋から出る。
どちらにしろ、もうここに用は無い。
「ほらニイナ、あなたはいいのよそれで。ギャップで可愛いってやつよ」
「そうそう! ごめんねニイナちゃん、だから元気出して」
「うぅ⋯」
「さぁ戻ろ。さっきあった事を報告しないと」
ここで戻るために角を曲がろうとした時だった。
一人の女性が私たちの前に立ちふさがった。
警察官の服装、血だらけの格好。
俯いたままこっちを向こうとしない。
「⋯⋯"リウ"」
ニイナがそう言った瞬間、"リウ?"は首を回し、
『かおえふぁおえんけまいなけ? なふげふたやねかがふてる?』
"さっき"と同じ、理解不能な発言をした。
首が飛び落ちると、あの"赤く透明なアレ"が首元から生えた。
この時、隣のニイナが小さく「ごめん」と言ったのを私は聞き逃さなかった。
『かおえふぁおえんけまいなけ? なふげふたやねかがふてる?』
躊躇なく、彼女の弓から強烈な一撃が放たれた。
"アレ"の跡形すら無くなるまで。
私とヒナが手を出す必要すらなかった。
この"惨劇があった床"を見れば、誰でも分かると思う。
「(⋯夢でも、謝るから)」
この時、ニイナが泣いてたかは分からない。
一つ分かるとすれば、先を歩く背中は"いつもより丸まって"見えた。