「ドア、ちゃんと閉まってるな」
「うん、何回も確認した。えらく慎重になるんだね」
「まぁな」
病室に静寂が漂う。
俺は"黒い資料"をテーブル上に広げた。
「なにこれ?」
「さっきアスタから渡されたやつ。"新東大の金庫"にコレがあったらしい。ユキ、あったのは君野研究室だ」
「え? どういう事?」
「あの先生の部屋にこんなのが隠されてたらしい」
「そこからアスタ君が取ってきたってこと?」
「そうなるけど、これはコピー。本物はアスタが持ってる」
あいつを疑う訳じゃないが、まだ半信半疑なとこはある。
でも、嘘をつくとも思えない。
それをしてもメリット無いだろうから。
♢
さっきのエレベーターから出る直前、
「それはルイ君に渡しておくね」
「え、いいのか?」
「うん、それコピーだから。そっちでも調べて欲しいって言っといて、渡さないのも変でしょ。でも僕と君だけだよ、それを今持っているのは」
そう言って慎重に管理するよう言われた。
明日盗まれてもおかしくないってあいつは言ってたっけか、厳重に保管しないとだな。
♢
「【イーリス・マザー構想の失敗作の捜索について】って⋯なんなのこれ⋯? 失敗作なんて聞いた事無いんだけど」
ユキが目を見開き、手に取ってページをめくる。
「これ⋯君野先生は⋯全部知ってたってこと?」
「分からない、どこまで知ってたのかは。ただ一つ分かるのは、先生はイーリス・マザー構想の一団ではあったけど、俺たちの味方で間違いないって事。俺の親とも関係が深かったみたいで、俺の事を匿ってくれていただろうし、たぶん」
この後、何も知らずポカンとした顔をしていたヒナに全てを説明しつつ、"話し合いを続けた。
ユエさんに聞きに行く前に、情報を整理しておこうと思う。
・性別不明
・年齢は俺たちに近いかも
・東京内にいるはず
・記憶におかしな点がある
・両親がいない
・AIへの依存度が誰よりも強い
・質量無い物に質量を与えられる
一旦こんなところだろうか?
まだ情報が少ないな。
体積付与症候群に関しては、まだ嘘だと思ってしまう。
「こんなヤツ存在すんのか? ゲームやマンガじゃねんだぞ?」
「私も信じられません⋯」
ユキはどう思ってんのかな。
見ると、ヒナやシンヤとは裏腹に、異様なほど険しい顔をしていた。
「ユキ、どうした?」
「⋯さっきから気になる事があって⋯こんな時にこんな事、言っていいのかな」
「なんだよ、俺たちしかいないんだから気楽に言えよ」
「そうだぜ! 水臭いじゃねぇか!」
「なんでも言ってください、ユキちゃん」
「それじゃ、シンヤ君にいい?」
「ん? 俺か?」
ユキは直前まで溜まっていたものを捻りだすように、次の言葉を言った。
「先に言っておくと、あなたを疑う訳じゃない。ただ長い付き合いとして、知りたいだけ。この"記憶におかしな点がある"と"両親がいない"ってところ、特にあなたに当てはまらない?」
次の瞬間、全員シンヤの方を向いた。
「⋯どうしてですか?」
そうか、ヒナは知らないもんな。
「シンヤ君は記憶喪失で、両親がいないのよ」
「え!?」
ヒナが驚いた顔でシンヤを見る。
実は俺も少しその線を考えてしまったが、まぁありえない。
だってこれは、"総理側に付いてる者のやる事"だからだ。
もしシンヤが犯人だったとしたら、俺たちを助けるメリットはどこにもない。
それにこいつはいつも一緒にいたんだ、変な行動があればすぐ分かる。
「こんなのが黒幕だったら、もう諦めるしかないだろ。ユキだって、今までこいつの行動見てきただろ? これは"総理側に付いてるヤツ"だ」
「はは! ありがとよ、ルイ! キスしてやろうか!?」
「汚ねぇから近付くな」
「酷すぎだろ!? まぁでも、新崎さんの言う事も分かるぜ。これは"前の俺"に当てはまってる」
「"前の俺"?」
「お前らに話してなかったけどよ、実は記憶が戻ったんだよ、"高校卒業後"に」
「そうなの!?」
「おう。俺は大学行かずに、ルイと事務所作って"eスポーツAR部門のプロ"になっただろ? プロ初の大会で優勝した時、脳にイカれるほどの痛みが走ってな、戻ってきたんだ」
こんなタイミングで、"知られざるシンヤの記憶"について、とうとう聞く事になった。
「けどそいつはよぉ、最悪だったんだ。だって、俺のおとんとおかんは小2の時に起こった新幹線爆破で死んだんだ、俺の目の前で」
「⋯え⋯」
「⋯それって、絶対安全と言われてた"新型の新幹線"が突然爆破したって当時ニュースで見ました⋯今でも鮮明に覚えてます」
思い出した。
ネットで調べてみると、当時の記事やニュースが出てきた。
2017年12月25日、クリスマス当日。
東京駅目前まで来ていた、"新型のぞみの突然の爆発"。
死者は300名を超え、500名近くの重軽傷者が出た、"前代未聞の大事故"とある。
確かにニュースで見た気がするぞ。
ここにシンヤがいたってのか!?
「⋯ごめんなさい、それなのにわたし⋯」
「いいって! 言ってなかった俺が悪いんだからな!」
「いいえ、こんな"トラウマになる記憶"、人に話したいわけないわ⋯」
「そう思った時もあったけどよ、今はもうネタにしてくれ! それの方が、天国のおとんとおかんも喜んでくれるはずだしな」
シンヤは底抜けに明るかった。
少し疑ってしまった自分を殴りたくなった。
「そこからは大きい施設に拾ってもらって、何不自由なく過ごせて今があるんだ。お前らにも会えたし、ひなひーにも会えたし、最高の人生じゃねぇか! 逆にあの事故が無かったら、平凡な人生で終わってたかもしれねぇんだぜ!?」
「お前⋯見直したよ」
「おう! キスして欲しいか?」
「なんでだよ」
シンヤがいるからこそ、辿り着ける気がしてきた。
未だ"黒い霧の奥の奥にある真実"に。
まだ俺たちが掴んでいるのは小さな点かもしれない。
でも、この点はいつかきっと繋がるはずだ。
― ソ コ デ マ ッ テ ル ノ ハ ダ レ ナ ン ダ ?