「しかも、"君野研究室の金庫"。正しくは、"君野教授研究分室の金庫"だ」
「⋯は? なんでお前がそんなところに」
「詳しくは帰り際に話す。とにかく今すぐそれを読んで。明日にもそれは盗まれるかもしれないんだ」
そんなにこれは重要なんだろうか。
誰も見てない事を確認すると、こっそりとコレを読んだ。
そこには、失敗作がどこへ逃げて行ったかの推測や、これから発するかもしれない副作用が事細かく書かれていた。
前者は"東京7区のどこかの施設"に行ったのではないかと書いてあり、千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区、文京区、品川区に絞られている。
後者の副作用については、"人格崩壊、記憶障害、AI絶対依存病、体積付与症候群などが起こるのではないか"、とされている。
"AI絶対依存病と体積付与症候群"なんて聞いたことが無いぞ。
「最後にあった"AI絶対依存病と体積付与症候群"、特に何か繋がると思わない?」
「⋯こんな症状初めて聞いたんだが、本当にあるのか⋯?」
「まだ何も。これからも調査を続けるよ。まずはこれを事実と仮定して、ルイ君たちの方でも調べて欲しい。君とも"大きく関係する話"だろうから」
「⋯」
イーリス・マザー構想の失敗作。
そもそも、"失敗作"なんてのを知らない。
後始末されたとかじゃなかったのか⋯?
これをユエさんは知っているんだろうか。
疑問に思いながら、資料をアスタへと返す。
そして、皆のいる1階へとエレベーターで降りていく。
「僕が昔から"イーリス・マザー構想"に興味を持ってたの覚えてる?」
「よく覚えてる。執拗に調べてたからな」
「あれって謎が多くて不可解で、引き付けられたんだよね。この二人もその謎をいつか解決したいって、思ってたみたいでさ」
「へぇ~、気が合ったのか」
「それもあるけど、実はこの二人、探偵と刑事でね。18歳にして、多くの難事件を解決してきたみたいなんだ」
さっきからアスタの隣にいた二人が黒能面を取り、「初めまして」と軽くおじぎをしてきた。
一人は女の子だった。
「その力を借りて、最初は僕の父親が元国家研究員で、イーリス・マザー構想一団の一人だった事が分かった。その先、何も残ってないと思ってた中、細い糸を辿ってやっと一つの繋がりを見つけた」
「それがこれか」
俺が黒い資料を示すと、アスタは静かに頷く。
「君野教授、あの人もまた一団の一人だったよ」
「⋯」
胸に仕舞っていた君野先生の教職員証を取り出す。
そこには今も変わらず、あの人の笑顔が写っていた。
イーリス・マザー構想の一団だったから、俺の親と関係があったのか。
ってことは、俺を隠す手助けをこの人がしていたのかもしれない。
「ここからの捜査は一気に加速していった。今分かってるのは2つ、1つは構想に変異体受精卵生成器が使われていて、それが総理に関係しているって事。もう1つは、構想の失敗作が一人逃走していたって事」
1つ目は既に知っている。
俺を生むきっかけになった特殊生成器が、ヤツの内部に引き継がれているという事についてだ。
2つ目に関しては、全くの新情報。
⋯そういえば
ユエさんが前に言っていた事で、一つ引っかかっていた事があるのを思い出した。
♢
「こんな"ゲームの物に質量を持たせる"なんて事、私たちの知識、いや、AIの知識でも出来ないはず⋯L.S.は百歩譲って"現研究の先にある未来"だとしても、こんなのが出来るのは"他の何か"しか考えられないのよ」
「他の⋯何か⋯」
「"その何か"は、未だに全く分からない」
「んだよそれ!? 全部総理のしわざじゃないのかよ!?」
♢
さっき副作用の一つに書いてあった"体積付与症候群"⋯
帰ってから全部ユエさんに聞いてみよう。
考えていると、エレベーターは1階へと降りていた。
ドアが開くと、
「遅かったじゃねぇか! また二人で勝負してたんじゃねえだろうなぁ?」
「もうやらねぇよ。ちょっと話したい事があってな」
ここでアスタたちとは一旦別れた。
「病院に戻ったら、みんなに話したい事がある」
「都庁へみんなで行くぞ! って話か?」
「それも合わせて話す」
シブチカセントラル病院までの帰路、クレセントステラチームとキンジのチームと一緒に帰った。
途中何体かのネルトに襲われたが、しっかり対処し、何事も無く帰ってこれた。
⋯ヤツら、確実に数が増え始めている