俺は自分のことを、なんとも思っていないのだ。いくら酷い怪我をしても、次からは気をつけようなどとは思わない。それが当たり前のことだ。死にかけたことなど何度もある。その度に、四柳に怒られ、千砂が心配している。
霊斬は溜息を吐く。
それはどうしようもないことだ。
依頼が減ってくれればいいのだが、減らないのは目に見えている。俺は俺の目で見たことしか、手を貸せない。すべてをなんとかしてやりたいと思うが、それは無理な話だ。この世に万能な人などいない。
霊斬はそんなことを考え、痛みに堪えながら、眠りについた。
「くっ……」
翌日の朝、霊斬は痛みで目が覚めた。昨日ほどではないが、手首が痛む。
霊斬は身体をゆっくり起こそうとする。腹の傷が痛んだが、我慢してなんとか起き上がれた。
内心でよかった、と安堵する。
そこへ、四柳がやってきた。
「起きれたか。具合はどうだ?」
「腹より手首の方が痛い」
霊斬が顔をしかめながら答えた。
「昨日よりはましだろう?」
その言葉に、霊斬がうなずく。
「世話になったな。……もう帰る」
霊斬はそう言い、ゆっくりと立ち上がる。
手を貸そうとした四柳だったが、その必要がないと分かり、手を引っ込める。
「十四日後、こいよ」
「ああ」
ゆっくりと歩きながら、霊斬は診療所を後にした。
いつもの倍以上の時をかけて、店に着いた霊斬は、支度中の看板を一瞥して、店の二階へ上がる。
だいぶゆっくり歩いたのだが、疲れが溜まったのだろう。手首の痛みも酷い。少しの間、横になろうと決めた霊斬は、そのまま寝入ってしまった。
霊斬が目覚めたのは翌日の朝だった。
「ぐっ……」
起きて早々、痛みに呻く。
ゆっくりと身体を起こし、溜息を吐く。
立ち上がってみる。
なんとか立てたので、ゆっくりと一階へ。
壁に寄りかかり、ふうっと息を吐く。
少し歩いただけでも、傷に響いて痛い。
壁に寄りかかって座るだけ。そんな時間の過ごし方しかできなかった。その場で眠ったりもしながらぼうっとしていた。
それからだいぶ経った昼下がり、戸を叩く音が聞こえてきた。
「開いているぞ」
と声だけで応じる。
「幻鷲!」
入ってきたのは喜助だった。ずかずかと店の奥まで入ってくる。
「なにをしにきた?」
不機嫌そうな顔をして、霊斬は喜助を見遣る。
「なんで、店閉めてんだよ……って、腕どうした?」
店を開けていない霊斬のことを責めようとした喜助だったが、晒し木綿で固定されている右腕に目がいき、そう尋ねた。
「大したことじゃない。ちょっと喧嘩に巻き込まれただけだ」
霊斬は苦笑して誤魔化す。
「そうか……。だから、閉めていたのか」
喜助は納得したようにうなずいた。
「無理、すんなよ?」
「無茶ができない」
喜助の心配そうな言葉に、霊斬は苦笑して答えた。
「知ってるか? お前がよくいくそば屋、温かいのが流行りなんだってよ」
喜助が笑いながら言う。
「そうなのか」
霊斬は息をひとつ吐いた。
「動けるようになったら、いってみろよ。じゃあな」
喜助はそう告げて、さっさと店を後にした。
――いったいなにをしにきたんだ?
霊斬は一人、首をかしげた。
十四日後、霊斬は四柳の診療所を訪ねた。
「おう、きたか」
四柳は言いながら、霊斬を招き入れる。
「診せろ」
奥の部屋に入ると、四柳がぼそっと吐き捨てた。
霊斬は右腕を吊っている布から、右腕を引き出し、晒し木綿で巻かれた手首を突き出す。
四柳は晒し木綿を解き、状態を確認していく。
「ずっと寝ていたのか?」
状態を見ながら、四柳が尋ねる。
「ほとんど動かなかったからな」
霊斬は苦笑する。
四柳は縫合した手首の丹念に見る。傷は塞がったようだ。
「これから抜糸する。痛いだろうが、堪えろよ」
その言葉に霊斬がうなずいた。
四柳が慣れた手つきで糸を抜いていく。
その痛みで、霊斬の意思とは関係なく指先が動いたが、なんとか堪えた。
数分と経たずに抜糸が終わり、向き合っていた四柳がくるりと背を向けた。薬研の中に複数の薬草を放り込み、混ぜていく。混ぜ終えるとそれを手に取り、霊斬の手首に塗っていく。傷に触れて少し痛んだが、霊斬は堪えた。
晒し木綿を巻き終えると、四柳は霊斬の肩に手を伸ばし、吊っていた三角巾を外す。
「もう吊らなくていいはずだ。霊斬、何度も言うが」「裏稼業も仕事もするな、だろう?」
霊斬は四柳の言葉を遮って言った。
「分かっていればいい」
四柳はその言葉を最後に、手で蠅を払う仕草をした。
もう帰れ、ということらしい。
苦笑した霊斬は診療所を後にした。
それから一月後が経ったある日の夕方、戸を叩く音が聞こえてきた。
「開いているぞ」
霊斬が答えると、戸が開く。
入ってきたのは千砂だった。
「元気そうじゃないか」
千砂がじろりと霊斬を見ながら言う。奥の部屋に足を踏み入れ、正面に正座をする。
「そう見えるか?」
霊斬は苦笑する。
「見えるね。でも、あんた、顔に出ないから、よく分からない」
霊斬は再び苦笑する。
「それで、今日はなにをしにきた?」
「様子を見にきただけだよ」