「なにか、良からぬことを、考えているふうだったよ」
「良からぬこと?」
霊斬が聞き返す。
「推測だけど、店の娘になんらかの、危害を加えようとしているように感じたよ」
「それは、いつだ?」
お茶を飲む手を止めて、霊斬は尋ねた。
「分からない」
「しばらく、俺が店を見張る」
「いいのかい?」
「夜だけだ、心配いらん」
霊斬はぶっきらぼうに言った。
「分かったよ」
霊斬の言葉に、千砂はうなずいた。
霊斬はひらりと片手を振ると、隠れ家を後にした。
その日の夜、霊斬は黒装束に身を包み、腰から黒刀を下げると、団子屋の物陰に隠れて様子を盗み見た。
店はとうに閉まっているが、店の奥で賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
そんなことが微笑ましいと感じた。こんなに幸せそうなのに、脅威が迫っているとはとても考えにくい。
こういう普通の家に限って、目に見えぬ恐怖が待ち構えているとなると、気が重くなる。霊斬は思わず顔を伏せる。
その横顔はとても暗く、憎悪に満ちていた。
人通りは少ない方で、不審な動きをしている者もいない。
霊斬は真夜中になるまで、見張りを続けた。
それから七日が経ったある日、親父が店を訪れた。
「失礼するよ」
そう言った親父を店内に招き入れた霊斬は、最初に懐刀を差し出した。
「ありがとうね」
親父は大事そうに懐へ仕舞った。
「まだ、決行がいつだというふうには言えない。すまない」
霊斬は頭を下げる。
「急いでいるわけではないし、今は店の方も大丈夫。頭を上げて」
霊斬は言われるまま、頭を上げる。
「それならいいのだが……」
霊斬はそれだけ呟いて口を噤む。
「それよりも、これを」
親父は懐から銀五枚を取り出し、差し出した。
「感謝する」
霊斬は礼を言いながら、銀を受け取り、袖に仕舞った。
立ち去る親父を見送りながら、霊斬は暗い顔をしていた。
見張りを続けて、七日が経った。
朝起きる時間もずらし、その生活にも慣れてきた。
その日の夜、いつもの黒ずくめの恰好をして、刀を帯びると、団子屋へと足を向けた。
そのころ千砂はというと、忍び装束に身を包み、霊斬の店を見張っていた。
霊斬はそんなこと知りもせず、いつも通りに店を後にした。
千砂は屋根へ飛び乗ると、霊斬を追った。
実は三日前から、千砂は霊斬の動きを密かに盗み見ていた。
霊斬を疑っているわけではない。様子が気になっただけだ。
霊斬からは見えない場所で、身を潜めていると、一人の男が通りを歩いていった。
並々ならぬ殺気というか、気配を感じたが、気のせいかと思い直した。
霊斬は、通りを歩いている男に視線を向ける。
刀を持っていることから武士だと分かったが、なにか違和感を覚え、その男を注視する。
霊斬がその男を見ていると、彼は団子屋の戸を叩いた。
「ごめん! みたきさんはいるか?」
「おりますよ、少々お待ちを」
霊斬は一歩、二歩と、男との距離を詰める。
男の立ち姿が変わる。
――あれは刀を抜く構え……。まさか……!
霊斬は自分の推測を否定したい気持ちに駆られながら、通りに飛び出した。
「待て!」
霊斬が止めるのと、みたきが出てくる。それが同時だった。
みたきを後ろへ突き飛ばした霊斬は、刀を抜きながら、男へ迫った。
「あと少しというところで……! なに奴」
男は悔しそうな顔をした後、霊斬を睨みつける。
霊斬は男から視線を離さない。
「みたきと言ったか。このことは伏せて、家に戻れ」
「なにを
みたきが気丈にも、食いついてくる。
「……足手まといだ。さっさと言うとおりにしろ」
霊斬は男から視線を離し、地を這うような低い声で告げた。冷ややかな目でみたきを睨みつける。
「ひっ……!」
怯えたみたきは一目散に家へと戻った。
「お主はわしの邪魔しかせんのか!」
「まあ……そうだな」
男の怒りの滲んだ声に対し、軽い口調で返す霊斬。
忌々しげに顔を歪める男。
「刀を仕舞ってこのまま去ってくれれば、俺としては楽なんだが?」
「断る!」
男は斬りかかってきた。
霊斬は、だらりと下げた刀を持ち上げ、これを防ぐ。
悔しそうに顔を歪めた男が、再度攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃をあえて左腕に受けた霊斬は、斬られて鮮血が噴き出しても、動じなかった。
「なぜ、動じない?」
男は思わず尋ねた。
「隙を見せないためだ」
霊斬は冷ややかに吐き捨て、刀を構えて反撃に出た。
右腕を斬りつけると、男が動じて距離を取ろうとする。それをさせまいと距離を詰めた霊斬は、左肩に刀の切っ先を差し込んだ。
「ぐあっ!」
「動かなかったのは賢明だ。手を滑らせてさらに刺したかもしれないからな」
霊斬は冷ややかな声で告げる。
「これ以上、騒がないことだな。騒ぎを聞きつけられても困る」
霊斬は言いながら、鮮血の滴る左腕を強引に上げ、男の口を塞ぐ。
「なっ……!」
その拘束と、鼻を突き刺す鮮血の匂いから逃れようと、首を動かすが
「これで終わりだと思うなよ?」
霊斬は告げ、布の下で口端を吊り上げて嗤い、目を細める。
無情にも霊斬は、男の右肩を痛めつけている刀をゆっくりと奥へ差し込んだ。