鞘師《三》

「貴様の息子も、ずっと怯えていた! いつ、貴様が刀を手に取るかと!」

 斬り刻みながら、霊斬が怒鳴った。

 四肢が血塗れになるまで、霊斬の動きは止まらなかった。

「……そうか……」

 息も絶え絶えになった陽一はなにかに気づいたように呟く。

 ――怖い思いをさせていたのか。

 内心で思うと、自然と謝罪の言葉が口をついて出た。

「すまぬ……」

「もう鞘を雑に使うな」

「……分かった」

 その言葉を聞いた霊斬は、血のついた刀を振って、鞘に仕舞うと、痛む左腕を庇いながら、屋敷を後にした。


 様子を屋根裏から眺めていた千砂も、天井の板を嵌め直すと屋敷を去った。


 霊斬は左腕をだらりと下げたまま、屋根を歩いていた。この日は雨が降っており、すぐにずぶ濡れになった。

 走りたいところだが、傷に障るような気がしてできずにいた。

「霊斬」

「どうした?」

 駆け寄ってきた千砂に対し、霊斬は静かな声で聞いた。

「このまま四柳さんのところへ向かうのかい?」

「いや、着替えてからだが?」

「そうかい」

 千砂はそれだけ聞くと、足早に霊斬の傍を離れた。



 千砂は足早に隠れ家へ寄ると、手早く着替えて診療所へ向かった。

 戸を叩くと、不機嫌そうな四柳と目が合った。

「嬢ちゃんか。入んな」

 四柳は短く告げると、千砂を部屋へ連れていった。

「霊斬は?」

「まだだ。怪我、してないか?」

「大丈夫だよ」

「なら、いい。……霊斬か?」

 戸を叩く音が聞こえてきたので、四柳は言いながら、表へ向かった。

「きていたのか」

 霊斬は普段となんら変わらない声で、千砂に声をかけた。

「そんなことより治療が先だ」

「分かった、分かった」

 霊斬は言いながら、奥の部屋へ向かった。



「それで、今回はどこだ?」

 四柳の問いかけに、霊斬は無言で上着を脱いだ。

「また酷いな」

 四柳は溜息混じりに言った。

 左腕は肩近くから二の腕をざっくりと斬り裂かれ、傷は肘くらいまで。深い上に大きな傷だった。着替えてきた着物にも、血がべっとりとついていた。

「腹を斬られるよりはましだ」

 霊斬は苦笑して答えた。

「そうかもしれんがな……」

 四柳は溜息を吐く。言葉を無くしたまま、治療に入った。

 しばらくじっとしていると……。

「終わったぞ」

 布団の上に胡坐をかいて座り、晒し木綿が巻かれた左腕をあらわにした霊斬が、深く息を吐いた。

「嬢ちゃん、入っていいぞ」

 四柳が千砂の方を覗きながら、声をかけた。

「そうかい。具合はどうだい?」

 千砂が枕元まできて尋ねた。

「まだ痛むが、斬られた直後よりましだ」

 霊斬の言葉に、千砂はうなずいた。

「七日……ってところだろうな」

「治るまで、それなりにかかるんだな」

「あれだけ酷ければな」

 四柳の一言に、霊斬は苦笑するしかない。

「怪我をしないようにってことはできないのかい?」

 千砂の提案に霊斬は苦笑した。

「そういうふうに努めたがな、傷を気にして相手の懐に入り込めなくなったんで、やめた」

 はっきりと告げられて、千砂もつられるように苦笑した。



 夜が明けたころに、店に戻った霊斬は、昼間まで眠ることにした。傷が痛んでなかなか寝つけなかったが。

 それからだいぶ経った、昼間。店の戸を叩く音が聞こえてきた。

「いらっしゃいませ」

 愛想笑いをはりつけて表へ出ていくと、客は依頼人の鞘師だった。

「こちらに」

 霊斬は商い中の看板をひっくり返すと、鞘師を案内した。

「どうでしたか?」

 鞘師は重い口を開いて、尋ねた。

「鞘を雑に扱うことはやめると、本人の口から聞きました」

「それは良かったです」

 鞘師は笑みを見せつつ、懐から銀十五枚を差し出す。

「ありがとうございます」

 霊斬は礼を言いながら、銀を受け取り、袖に仕舞う。すると、鞘師は店を去った。