「貴様の息子も、ずっと怯えていた! いつ、貴様が刀を手に取るかと!」
斬り刻みながら、霊斬が怒鳴った。
四肢が血塗れになるまで、霊斬の動きは止まらなかった。
「……そうか……」
息も絶え絶えになった陽一はなにかに気づいたように呟く。
――怖い思いをさせていたのか。
内心で思うと、自然と謝罪の言葉が口をついて出た。
「すまぬ……」
「もう鞘を雑に使うな」
「……分かった」
その言葉を聞いた霊斬は、血のついた刀を振って、鞘に仕舞うと、痛む左腕を庇いながら、屋敷を後にした。
様子を屋根裏から眺めていた千砂も、天井の板を嵌め直すと屋敷を去った。
霊斬は左腕をだらりと下げたまま、屋根を歩いていた。この日は雨が降っており、すぐにずぶ濡れになった。
走りたいところだが、傷に障るような気がしてできずにいた。
「霊斬」
「どうした?」
駆け寄ってきた千砂に対し、霊斬は静かな声で聞いた。
「このまま四柳さんのところへ向かうのかい?」
「いや、着替えてからだが?」
「そうかい」
千砂はそれだけ聞くと、足早に霊斬の傍を離れた。
千砂は足早に隠れ家へ寄ると、手早く着替えて診療所へ向かった。
戸を叩くと、不機嫌そうな四柳と目が合った。
「嬢ちゃんか。入んな」
四柳は短く告げると、千砂を部屋へ連れていった。
「霊斬は?」
「まだだ。怪我、してないか?」
「大丈夫だよ」
「なら、いい。……霊斬か?」
戸を叩く音が聞こえてきたので、四柳は言いながら、表へ向かった。
「きていたのか」
霊斬は普段となんら変わらない声で、千砂に声をかけた。
「そんなことより治療が先だ」
「分かった、分かった」
霊斬は言いながら、奥の部屋へ向かった。
「それで、今回はどこだ?」
四柳の問いかけに、霊斬は無言で上着を脱いだ。
「また酷いな」
四柳は溜息混じりに言った。
左腕は肩近くから二の腕をざっくりと斬り裂かれ、傷は肘くらいまで。深い上に大きな傷だった。着替えてきた着物にも、血がべっとりとついていた。
「腹を斬られるよりはましだ」
霊斬は苦笑して答えた。
「そうかもしれんがな……」
四柳は溜息を吐く。言葉を無くしたまま、治療に入った。
しばらくじっとしていると……。
「終わったぞ」
布団の上に胡坐をかいて座り、晒し木綿が巻かれた左腕をあらわにした霊斬が、深く息を吐いた。
「嬢ちゃん、入っていいぞ」
四柳が千砂の方を覗きながら、声をかけた。
「そうかい。具合はどうだい?」
千砂が枕元まできて尋ねた。
「まだ痛むが、斬られた直後よりましだ」
霊斬の言葉に、千砂はうなずいた。
「七日……ってところだろうな」
「治るまで、それなりにかかるんだな」
「あれだけ酷ければな」
四柳の一言に、霊斬は苦笑するしかない。
「怪我をしないようにってことはできないのかい?」
千砂の提案に霊斬は苦笑した。
「そういうふうに努めたがな、傷を気にして相手の懐に入り込めなくなったんで、やめた」
はっきりと告げられて、千砂もつられるように苦笑した。
夜が明けたころに、店に戻った霊斬は、昼間まで眠ることにした。傷が痛んでなかなか寝つけなかったが。
それからだいぶ経った、昼間。店の戸を叩く音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
愛想笑いをはりつけて表へ出ていくと、客は依頼人の鞘師だった。
「こちらに」
霊斬は商い中の看板をひっくり返すと、鞘師を案内した。
「どうでしたか?」
鞘師は重い口を開いて、尋ねた。
「鞘を雑に扱うことはやめると、本人の口から聞きました」
「それは良かったです」
鞘師は笑みを見せつつ、懐から銀十五枚を差し出す。
「ありがとうございます」
霊斬は礼を言いながら、銀を受け取り、袖に仕舞う。すると、鞘師は店を去った。