「ついでだ。……背中も見てみろ」
千砂は霊斬の言葉に驚き、彼の顔を凝視する。
「どんな状態か、知りたいだけさ」
霊斬は力のない笑みを浮かべた。
千砂は涙を拭きながら、ひとつうなずくと、霊斬の背後に回る。
「……っ!」
目の前に広がる光景に、千砂は言葉を飲み込んだ。
かつて拷問を受けたという火傷の痕は霊斬の背中、ちょうど前から見ると左肩あたり。
「……皮膚が赤くて、引き攣っているところがあるよ」
「……そうか。……酷いか?」
霊斬の静かな声が千砂の耳朶を打つ。
「……酷い、酷すぎる」
千砂はその言葉を聞いて、元いた場所に座り直す。
「そうか……。悪かったな、酷なことをさせた。……このままでもいいか?」
霊斬は静かな声で尋ねた。
千砂のことを気遣っている、その優しさに彼女の涙は余計に止まらなくなった。
千砂は何度もうなずき、声を必死で押し殺した。
――霊斬はやっぱり、誰よりも人の痛みが分かる、優しい人だ。
千砂は内心で思いながら、音もなく泣いた。
その様子を見ていた霊斬は、思わず目を逸らしたくなった。
誰かが、泣いてくれる。
そんな経験、したことがない。
どうしたらいいのか分からなかった。ただ、傍にいることくらいしか思いつかなかった。だから――。
霊斬は背中に手を伸ばし、不器用な手つきで、ぽんぽんと叩いた。
「泣いていいぞ。お前まで俺みたいになってもらっても困る」
千砂の耳許で、霊斬が囁いた。
「うるさいかもしれないよ?」
「構うものか」
霊斬が微笑し、不器用な手つきで千砂の涙をそうっと拭う。
「ありがとう」
千砂はそれだけ告げると、泣き出した。
その絞り出すような泣き方に、霊斬の心はきつく締め上げられたかのように感じた。
――そんな泣き方があるか。子どものように大声で泣かず、必死に声を押し殺そうとして、それでもできない。
千砂の泣き方からして、そう思った霊斬は、痛む左腕を動かし、そうっと背中に置いた。
彼女が泣きやむまで、ずっとそうしていた。
それから少し過ぎた後――四柳が部屋の様子を見にいくと、霊斬の隣に疲れ切って眠る千砂の姿があった。
「落ち着いたか」
「ああ。ちょうどいいところにきた、毛布かなにかあるか?」
「ここは宿屋じゃねぇんだよ」
四柳が毒づく。
「心が少し、疲れたんだろう。患者だろ?」
「おれは診ていない。腕は? 痛まないのか?」
四柳が即答し、尋ねてきた。
「……痛む」
霊斬が顔をしかめて言った。
「素直に言え、馬鹿」
四柳は突っ込むと、部屋を去る。
どうしたのかと思い待っていると、しばらくして、毛布を持った四柳が顔を出す。
「風邪でもひかれたら困るからな」
「悪いな」
「お前からの謝罪はいらん」
四柳はその発言をばっさりと切り捨てた。
霊斬は右手で千砂の肩まで毛布を引っ張り上げると、静かに布団の中に身体を滑り込ませる。
「お前も、もう寝ろ」
「ああ」
その言葉を聞いた四柳は、部屋を後にした。
翌日、千砂は畳の上で目を覚ました。
「あの後……寝ちまったのかい」
千砂は苦笑して起き上がると、肩にかかっていた毛布が落ちた。
霊斬はまだ眠っているようで、千砂は昨日見たことを思い出しながら、仕事に向かうため診療所を後にした。
それから大分過ぎたころ、霊斬は目を覚ました。
隣に視線を向けると、きれいに畳まれた毛布が目に入る。
――丁寧なところがあるんだな。
霊斬は苦笑して、ゆっくり身体を起こす。それでも左腕が痛んだ。
「起きたか」
顔を出した四柳にうなずく霊斬。
「この時刻だと目立つか……」
霊斬が難しい顔をしていると、四柳が言った。
「今日はいても大丈夫だぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう。傷はどれくらいで治る?」
「三日。仕事はするなよ」
「分かった」
霊斬はうなずくと、四柳は部屋を去った。
それから数日後、岡っ引きが店を訪ねてきた。
「ありがとうな。刀屋!」
「いえ、私は依頼を達成したまでにございます」
霊斬は苦笑して言った。
「礼をしないとな」
岡っ引きは懐に手を突っ込んで、小判一両を差し出してきた。
それを受け取った霊斬は、こう言った。
「なにかありましたら、またお越しください」