見張りがついても、霊斬はいつも通りに店を開けた。
刀を研いだり、直したりしながら、気づけば夕方になっていた。
店の外に向かうと、見張りはまだいるようで、霊斬は舌打ちをした。
その日の夜、酔い覚ましに店の外へ出た霊斬は、夕方まであった気配が消えていることに気づいて、内心安堵した。
翌日の夕方、依頼人が顔を出した。
「先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
奥に通すや、米問屋の主はそう言って頭を下げた。
「通りかかっただけですよ」
霊斬は苦笑した。
「あんなことは今まで一度もなかったので、なにか今回のことと関係があるんでしょうか?」
主は疑問を口にした。
「それはなんとも言えません」
「そうですか。あ、これを」
主は慌てて言い、財布から小判五両を差し出してきた。
「ありがとうございます」
霊斬は言いながら、小判を受け取ると袖に仕舞った。
「では、私からはこれを」
霊斬は修理した小太刀を差し出した。
主は礼をして受け取る。
「桐野家は私の方でなんとかします」
「よろしくお願いいたします」
主は頭を深く下げると、店を去った。
決行日当日、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、店を出た。桐野家近くの屋根で千砂と会った。
「依頼人には狙われていたこと、話したのかい?」
「話していない」
霊斬は即答した。
「どうしてだい?」
「話して余計に怖がらせるのは、気分が悪い」
「そうかい」
千砂はそれだけ聞くと、桐野家へ向かった。
霊斬は彼女の後に続いた。
霊斬が屋敷に足を踏み入れると、声が聞こえてきた。
「曲者だ~!」
どたばたと、武器を持った男達が出てくる。およそ五人。
霊斬は動じることなく、黒刀を抜く。男達の右腕に狙いを定め、歩いていく。
まずは一人。繰り出してきた攻撃を躱し、右腕を斬りつける。
三人目、四人目、五人目と同時に攻撃を繰り出してきたので、次々に斬りつけていった。
五人の壁を突破すると、それよりも多い人数――十人が武器を手に、霊斬を待ち構えていた。しかし、全員腰が引けている。先ほどまでの霊斬の動きを見ていたからだろう。五人ずつ一列に並んで、じりじりと霊斬に近づいてくる。
――
霊斬は内心で溜息を吐くと、黒刀を振りかざして、その中に突っ込んでいった。第一波は驚いている隙に、右腕や左脚を斬りつける。第二波は繰り出される刀をすべて躱し、それぞれ左腕を斬りつけた。
斬りつけられた男達全員が、床に蹲って痛みに呻いている。
その様子を鼻で
千砂はその様子を中庭に身を潜めて見ていた。
霊斬がいくのを待ってから、屋根裏へと足を向けた。
千砂が目星をつけた部屋の天井の板を外すと、部屋の一角に座る、老年の男を見つけた。
騒ぎを感じ取ったのか、その手には刀が握られている。
千砂はその場で息を殺し、様子を見守った。
一方霊斬は、数多くの襖が開きっ放しの中で、ひとつだけ戸が閉まっている部屋を見つける。
無言で襖を開けると、刀を持った老年の男と目が合う。
「桐野光郎。米問屋の主を困らせることは、もう、やめてもらおうか」
「そろそろ潮時かと思っていたところよ」
光郎は、不快そうに顔を歪めて言い放った。
「だから、暗殺を思いついたのか?」
「余計なことをしなければ、あの世に送ってやったものを」
光郎は忌々しげに顔を歪めた。
「主の代わりに、そなたを地獄に送ってやろう!」
抜刀すると、斬りかかってきた。
その刃を霊斬は右手で受け止めた。
その動きに驚きを隠せないのは光郎だった。
渾身の攻撃にもかかわらず、その手はぴくりとも
刀と掌の間を霊斬の鮮血が滴り落ちる。
「まだやるか?」
その馬鹿にしたような物言いに怒りを覚えた光郎は、刀を引き、首を狙って再度斬りかかった。
それを今度は黒刀で受け止めた霊斬は、その刀を押し返す。先ほどの一撃で、右手は使い物にならなくなったようで、霊斬は左手で黒刀を持っていた。
それでも右手と同じように使えるらしく、
「ぐっ……!」
痛みに呻いた光郎は、肩を押さえる。
霊斬は非情にも、光郎の右脚に黒刀を突き刺した。
「ぐあ……!」
痛みに叫ぶ光郎をよそに、黒刀を強引に動かす霊斬。
光郎の悲鳴が上がる。
霊斬はそれを無視して、何度か傷を抉るとようやく黒刀を抜いた。
光郎はたまらず、膝をついた。
霊斬は黒刀を振って、鮮血を落とすと、鞘に仕舞う。くるりと背を向ける。
その背に向かって、動けない光郎が叫んだ。