「……まぁ流れてきたとは聞いてたけどさ」
覗いていた望遠鏡を下げ、空を見上げていて凝ってきた首をごきごきと鳴らす。
勿論、確認していたのは『空浮かぶ古庭』だ。
しかしながら、
「流石に6000メートルも上とは予想してなかったなぁ」
予想よりも高い位置。そこに『空浮かぶ古庭』は存在していた。
『空浮かぶ』というダンジョン特性は、その名の通りダンジョンが宙に浮かんだ状態で存在する特性だ。
それが遺跡型であろうと、洞窟型であろうと、森林型であろうと『空浮かぶ』が付いた途端に浮かんでいく。
そして内部に入り込んでもその特性は有効だ。
地面や敵性モブは浮かび上がり、落とし穴などのトラップが増え、戦闘中ダンジョンの床自体が崩れる可能性がある。
当然、落ちてしまえばそのままダンジョンから放り出され、落下ダメージ軽減などの術がない場合は地面に激突し死に戻りが確定する、プレイヤーに人気があるとは口が裂けても言えないものだ。
だが、それにしたって好き好んで攻略しようとする者はいる。
そんな物好き達にも見放されたのが遥か上空に存在しているあのダンジョンなのだろう。
まず辿り着くのに一苦労。
そして辿り着いたらすぐにボスとの戦闘でもう一苦労。
「苦労に報酬が見合ってない、コスパ最悪って評価は間違ってないなぁ」
でも、だからこそ私は向かう。
現在私が進めていきたいコンテンツを進めるのにうってつけなダンジョン。
しかも急がずとも競争者は別に居ない良い案件。
高高度対応用の装備の状態を確認、しっかりと効果が出ているかを確認した後。
私は指をぱちんと一回鳴らした。
すると私の身体から白く、そして大量の魔術言語が溢れるように出現し、一羽の鴉を象っていく。
『Start up. Hugin Circle System operation started.……おはようございます。マイマスター』
「おはよう、フギン。ムニンも起動してもらっていい?」
『了解。……Munin Memory System operation started……起動完了しました』
「ありがとう。高い所に行きたいから【鴉の暁羽(あかばね)】と、危険だろうから自動防御の【スヴァリン】の2重起動で」
『了解、起動します』
瞬間、私の身体にポゥと二色の光が宿る。
淡いオレンジ色の光と、澄んだ青空のような青色の光だ。
それを確認した後、私は一歩、階段を上がるように虚空へと足を上げる。すると、
「……よし、しっかり発動してる」
空中にデフォルメされた鴉の意匠が入った魔法陣が出現し、しっかり私の身体を支えてくれる。
そのまま上へと跳ぶように足に力を込めれば、身体が上空へと投げ出されるように移動を開始した。
魔術言語を独自に研究し、このArseare内の知識を組み合わせた結果、扱えるようになった魔術言語発展型亜種二式……魔術に聡い住人(NPC)の間では『自律陣』と呼ばれているモノ。
知り合いである霧の狐獣人に言わせれば『その場で用途に合わせて魔術言語を構築した方が早い』との事だが、それはあの人がおかしいだけで、これは十二分に役に立つ代物だった。
というのも、事前に使いたい魔術言語を構築しストック、使いたい時にストック内から呼び起こす事が出来るという仕様は中々に使い勝手が良い。
それに、
「フギン、近くに敵影は?」
『確認出来ません。索敵陣を展開しますか?』
「いや、今は大丈夫。フギン側で敵性モブを発見したら展開して」
『了解しました』
自律的に思考し、判断し、そして魔術を行使する。
それは単純に味方が1人増えるのと同義なのだ。
それだけでソロでの生存率は跳ね上がるのだから、この技術は大事なものだ。
……特に、私の【フギンとムニン】はそれを無しにしても色々突っ込んだからなぁ。
そしてそんな『自律陣』を魔術に落とし込んだのが私の使う【フギンとムニン】という名称の魔術だ。
名称の元ネタは北欧神話に登場するオーディンに付き添いながらも、世界を飛び色々な事を見聞きする一対のワタリガラスの事だ。
元ネタのフギンは思考を、ムニンは記憶を司っており、当然ながら私もそれに従ってシステム的にこの魔術にそれぞれ名前を付けている。
「結構高くなるし、暖房系も発動しておくかな……フギン」
『マイマスター。暖房系の機能を追加した陣は作成途中ですが』
「あれそうだっけ。……まぁまだ北の方に行くつもりなかったもんねぇ。ちょっと展開してもらっていい?」
『了解』
言うと同時、私の目の前に複数のウィンドウが現れ……デフォルメされた一対のワタリガラスの意匠がされた陣が現れ全て消える。
そして最後に一枚の、魔法陣が描写されたウィンドウが再度出現した。
【フギンとムニン】という魔術のコンセプトはこれだ。
『自律陣』を構築、展開、改変、保存。それらを全て一声で行う事が可能。
今回のケースのように作成途中の陣に関しては私自ら手を加える必要があるものの、それは手作業で行わなければならない部分の為、【フギンとムニン】は十二分に働いてくれている。
勿論、【フギンとムニン】の強さはそれ以外にも存在しているのだが……それは戦闘時に発揮されるため、現状は割愛しても良いだろう。