Chapter7 - Episode 27


私の攻撃手段は近接に寄っているのは周知の事実だ。

手札を知っている知り合いと手合わせする場合、ある狼獣人以外は基本的に距離を延々と取り続けられる程度には知られている。

だが、逆に言えば。

得意を潰されていなければ、知り合い達も私の近接戦闘技術は手を焼くという事であり。

私自身もそれが分かっているからこそ、自身の得意な距離に近づこうと努力しているのだ。


そして今回の場合。

キザイアは私が近接戦闘技術に長けている事自体は知っていた。

だがその上で抑えられると思って彼自身も仕掛けて来たのだろう。

事実として彼の魔術によって私は得意な距離でありながら後手に回るシーンは多く、自身の思い描く通りに戦闘を進められていない。

だからこそ、やっと出来た隙を逃せるわけもなかった。


転移するのは当然、キザイアの背後。

視界が瞬間的に切り替わると同時、私は『面狐・始』を振るう。

イメージは独楽が回るように。

身体を一気に回転させて、尻尾の分も合わせた遠心力を短剣に乗せ。

斬るというよりも、相手の仮面に向かって叩きつけるイメージで身体を動かして。


それと同時、キザイアも私のその動きに反応して動き始めていた。

まるで私が転移する事が分かっていたかのように。

そしてその転移先がどこか分かっているかのように、彼は身体を……腕や肩などから嫌な音を鳴らしながら、無理やりに動かしている。

魔術言語によって凍ってしまっている腕から血を流しつつ、それでも力強く握られたその拳をこちらへと身体を向き直し振るおうとしている。


その時に見えた彼の表情は、何故か先程よりも濃い驚愕で染められており……私にとってその一瞬見えた表情は印象深いものだった。


私達の動作が交差する。

私の短剣が仮面に届くと同時、キザイアの拳が私の顔を打つ。

先程までならば、私の頭は彼の拳が触れた瞬間に消し飛んでいるはずだ。

しかしながらただ強い衝撃が走っただけで消し飛ぶことも、HPが多く減る事もなかった。

ただ殴られただけ。


「……」

「何か言う事は?」

「殴れて満足したわ、すまなかったわね」


だが私の振るった短剣は、獣人の膂力も相まって半透明の仮面を砕いていく。

まるでガラスが割れていくかのように罅が入り、その下にあったキザイアの素顔が晒される……と同時。


【ボス險惹シ――ボス奉納戦が終了しました】

【『出没の故戦場』との対話は不可能であり、自動的に消滅します】

【特殊状況によりMVP選出はされません】

【特殊状況下にあったプレイヤーに補填を行います】

【ボスエリア、ダンジョンの自動消滅まで残り……】


ログが流れ、ボス戦が終わったのが分かったものの。

少しばかり息を吐き、その場に腰を下ろした。

今回ばかりは本当に疲れた。




「で、どういう状況だったわけ?」

「それについてはアタシもあんまり分かってはないのだけど、それでもいいなら分かってる所は説明するわ」

「オーケィ」


バツの悪そうな顔をしながら、こちらの近くに立つキザイアは説明を始める。

私が穴に落ちた後から、私との戦闘に入るまでをキザイアの主観で話してくれた。

そうして発覚した事実が1つ。


「つまり、キザイアの主観だと私も半透明の仮面をつけてたって事?」

「……そうなるわね」


どうやら、キザイアの視点では私は虚ろな目をしながらこの場に現れたそうで。

私には見えなかったものの、キザイアを羽交い絞めにしていたゴースト種の敵性モブ達が私に集まり仮面になった上で戦闘が始まったらしい。

それに加え、戦闘前に聞いたキザイアのセリフのようなものを私も言っていたらしく。


「アタシ視点じゃ、完全にアンタをどうにかしないと終わらないタイプの戦闘だと思ってたわよ」

「こっちも似たような感じではあったけど、割と違うなぁ状況」


結果、同士討ちが発生したという事らしい。

無論、デバフなどの可能性は疑ったらしいものの……それでも、幻術や催眠といった分かりやすいものすら掛かっているようには見えないという徹底した隠蔽ぶり。

極めつけは、


「ボス奉納戦って何か分かる?」

「残念ながら聞き覚えは無いわ。……うちの情報網に引っかかってないって事は初見かもしれないわ」

「はぁー……?情報分かったらこっちにも回してもらっていい?」

「当事者だから嫌とは言わないわよ」


ボス奉納戦、という戦闘形式。

これに関して言えば、キザイアや『駆除班』の面々すら知らない新発見のモノだった為に詳細は不明。

詳細が分かり次第こちらに情報を回してくれるらしいので、大人しくそれを待った方がいいだろう。


「……そういえばアリアドネ。アンタ素材は集まったわけ?」

「あぁうん。色々と集まったよ。ありがとうね」


元々この『神出鬼没の古戦場』に挑んだ理由は、素材の収集の為だ。

手に入れた素材を使い、魔術の等級強化を図り……そしてあの馬鹿狐に挑む。

その為の一歩が今やっと終わったのだ。

想定以上に収穫があった為に、少しばかり取捨選択が難しそうではあるが……それもまたゲームの楽しみの1つではある。


こうして、長い長いダンジョン攻略は終わりを告げた。

後日、キザイアから大量の魔術言語関係の生産依頼が来て死にかけたのは、また別の話。