時は少しだけ前に遡る。
私が『神出鬼没の地下湖畔』から脱出しようとしたのを、イタチザメに止められた所。
目の前に浮いた水球の中には、アクセサリーが1つ浮かんでいた。
それは鮫の歯をネックレスにしたものであり、ボスとの対話によって得られるアイテム……ボスインフリクトアイテムだった。
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『瞬歯の首飾り』
種別:アクセサリー・ボスインフリクトアイテム
等級:特級
効果:対象の転移能力
空気中における水分量把握能力
説明:『神出鬼没の地下湖畔』のボス、『瞬来の鼬鮫』から贈られたアクセサリー
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私の持つ他のインフリクトアイテム……『魔霧の狐面』や『白霧の狐輪』と比べると、シンプルな効果でありつつも、『瞬来の鼬鮫』というボスの特徴を受け継いでいると言えなくもない能力だ。
だが、気になる点も存在する。
それは、『何故、自身の転移能力と明記されていないのか』という事と『水分量把握能力とは一体何か』の2点。
前者についてはアイテムの能力を使ってみれば分かるだろうが、後者に対しては……装備してみない事には分からない。
だが、現状には合っているアイテムだ。
何故なら私は今から空中へと駆け上がり、自身が落ちてきた穴から外へと出ないといけないのだから。
転移能力でどれほどの範囲を移動できるか分からないものの、あるとないとでは私の頑張る範囲が変わってくる。
「これは……成程。確かに君が渡してくるならこういうのになるのね。ありがとう、今の状況にはぴったりじゃん」
申し訳なさそうにしているイタチザメに対して礼を言って笑いかけた後、私はそれを装備した。
瞬間、私は水分量把握能力がどういう能力なのかを理解した。
視界内に新しく目盛り付きの試験管が出現したからだ。
視線をイタチザメの方へと向けると、試験管内が青色で満たされる。
逆に上……私が落ちてきた、ある程度砂漠の環境が再現されているダンジョンに通じているであろう穴を見てみれば、青色がほぼほぼ消え失せる。
単純な話、この水分量把握能力は文字通りのモノだ。
視線の先の空間の水分量を視界内に表示してくれるだけのモノであり、決して強い能力でもなければ、人によっては全く無用のハズレ能力であるとも言えるだろう。
しかしながら、私は違う。
というより、私はコレを重用するであろう事も理解できていた。
……私の霧操作能力にとっては重要すぎるねぇコレ。
相手がどのような魔術、能力を持っていたとしても、霧がある限りはある程度までは戦えると自負している私にとって、霧を展開出来ないというのは文字通り死を意味する。
そしてこの水分量把握能力は、その展開において『霧が展開できる環境か否か』を事前に確かめる事が出来る能力なのだ。
当然、空気中に水分がある程度ありつつ霧の展開が思うようにいかない環境も存在する。
以前挑んだ『万象虐使の洞窟』などがそれに当たるだろう。
だがそれでも、この能力が有用である事には変わりなかった。
そして転移能力。
こちらは思っていたよりも難しい。
「……対象は自分以外もいける。でも転移元、転移先にある程度の水分があることが前提条件」
難しい能力ではある。
しかしながら単純に言えば、空気中に水分さえあれば敵も味方も自分も含めて転移させる事が可能という事だ。
だが、当然ながら制限や欠点も存在している。
・同時に転移させる事が出来る対象は1つまで。
・転移対象は所有者から10メートル範囲内に居るモノのみ。
・自分以外に使う場合、了解を貰っていないと転移成功率が下がってしまう。
・それに加え転移後はその空間における水分を消費してしまう為、連続転移は難しい。
この2つの制限と2つのデメリットを背負いつつも、やはり転移能力というものは魅力的に見えるものだ。
私の習得している【
とりあえず、と息を整え。
一度使ってみればある程度は分かるだろうという事で、穴付近に足場となる氷を魔術言語で壁から生やした後に使ってみる事にした。
目指すは穴の外ではあるが、穴の外に転移するには外の環境が邪魔をする。
だからその手前の氷の足場に乗れるような形で転移し、【衝撃伝達】などを使って外に出るのが良いだろう。
そう思い、転移能力を使用すると。
ふわりと浮いたような感覚の後、気が付けば私の身体は穴近くの氷の近くへと立っていた。
だが同時に倦怠感のような……【血狐】を使った直後のような脱力感が存在している。
なんだこれは、と原因を探ろうとして……すぐにそれを見つける事が出来た。
HPが減っているのだ。
恐らく私という個人を転移させるのに足りなかった水分を、私のHPという形で徴収したのだろう。
……使い勝手は逆に良くなったかな?
少しばかり悪い使い方が幾つか考え付くものの。
今はそれよりも穴から脱出するのが先だろうと、私は魔術を発動させて穴から飛び出した。
そして時は現在に戻る。
キザイアの拳は、私を砕かんと振るわれる。
否、訂正しよう。
振るわれようとした所で、彼の動きが停止した。
関節部が凍り付き、尚且つ彼の目の前に氷の分厚い壁が出現したからだ。
魔術言語による『氷の生成』を多重に重ね、地面を伝う事で彼の腕を動かないように。
それに加え【狐霧憑り】による魔術言語構築補助能力を使う事で、キザイアが無理矢理腕を動かしたとしても私自身に当たらないように氷の壁を生成した……というのがタネではあるのだが。
彼はどうやったのか分からないのか、その表情を一瞬驚愕に染めていた。
だが、それだけで終わらない。
私は首に掛かった新しいアクセサリーの能力を発動させる。
空気中の水分量は先ほどから私が展開している霧によって十分であり、HPが削れたとしても微量なモノだろう。
そして私は転移する。