戦闘自体はその後も特に苦戦することはなかった。
【血狐】や【血液感染】が使えないだけで、身体の中で作用する【血液強化】が使えるのだから、戦闘能力的にはほぼ平時と同じなのだから当然だろう。
だが、それ以上にキザイアの戦闘能力の高さが助けになったのは言うまでもない。
私と戦った時よりも等級が上がっていると思われる【ジェイキン】や、死角からナイフで攻撃する魔術。
それに加え、足元から出現させる無数の触手や近づいて来た相手に対して強力なノックバックを与える不可視の攻撃など、多彩な魔術によって相手を一方的に殲滅しているのだ。
今やったら確実に負けるだろうなと思いつつ、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいくと。
「もしかしてアレ?」
「そうね。分かりやすくて助かるわ」
まだ遠目にではあるが、風化がそこまで進んでいない巨大な建物を発見することが出来た。
それは言わば即席の砦のようなもので、どうやったのかは分からないが枯れた植物や煉瓦などで補強されているのが目に見える。
当然、近付けば近付くだけ敵性モブとの戦闘が多くなっていくのだが……まだ見ぬ強敵が出てこない限り、私達の足を止めることは出来ないだろう。
「ちなみにボスの情報は……ないよねぇ」
「無いわね。流石に入る前からボスが分かるような情報系魔術は持ってないし、うちのメンバーもまだそこまでは到達してないから」
「だよねぇー……。出たとこ勝負ってわけか」
だからこそだろう。
私も、そして索敵系の魔術を展開しているであろうキザイアも油断していた。
目的地の砦がほぼ目の前まで迫ったところで、私は一瞬だけ霧の動きが不自然である事に気がついた。
周囲に留まるように操っているものの、魔術によって出現させた霧でない為に、自然に起こった突然の突風などに散らされることはままある事だ。
しかし、この時に感じたのはそんな分かりやすい動きではなく、少しだけ
明確な違和感と共に、私の脳裏に過ったのは以前灰被りと攻略したダンジョンのボスの姿だった。
そう、あれは地中から姿を表すアリジゴクのボスで――、
「まずっ――」
「っ?!アリアドネ!?」
声をあげようと口を開くのと同時かそれよりも早く私の足元は崩れていく。
咄嗟に【衝撃伝達】を発動させようとしたものの、間に合わない。
キザイアも突然そんな状況になったからか、混乱したような表情を浮かべながらも触手を出現させ私のことを絡め取ろうとしたものの、それは空振りに終わった。
景色が下へと落ちていく。
――――――――――――――――――――
薄暗く、地上の光は届かない。
だが、そこには青白い光とそれを反射する水面があった。
地底湖だろうか、そこに上から新たに1つのモノが落ちてくる。獣人だ。
狐の獣人は、水に落ちた後異変に気づく。
自分を狙っている何かが居ることに。
だが、気が付かれたとて問題は無い。
いつも通りにその柔らかい肉へと喰らい付き、自らの糧にすれば良いのだから。
喰らい付く為に必要な力は持ち合わせている。
精々足掻けばいい。もう光を見る事のない瞳で、存在しない希望を追い求めて。
――――――――――――――――――――
【ダンジョンボスを発見しました】
【ボス:『刹来の鼬鮫』】
【ボス遭遇戦を開始します:参加人数1人】
ムービー処理が終わったのか、三人称視点から普段の視点へと戻り、身体の制御も戻ってくる。
だが状況の把握よりも先にやることがあった。それは、
「離脱ッ」
水の中からどうにかして外へと出る事だった。
ログを見ればある程度ボスの能力を察する事も、ボスがどんな形状をしているのかも分かる。
だからこそ、水中にこのまま居たら不味いのだ。
何せ相手はイタチザメ……大型のサメなのだから。
……ああもう!こういうトラップみたいな形でボス戦になるなんて思ってなかった!
心の中で愚痴を溢しながらも、顔だけ水面から出ている状態で霧を展開する。
そして即座に魔術言語を構築しつつ、『刹来の鼬鮫』が何処にいるのかを視界に捉えようとするものの……見つからない。
変に周囲が青白く光っているためか、暗いという印象はないのだが……逆にそれが仇となっているのだ。
水面にその光が反射し、水中の様子が見えないのだから。
焦りつつ、水面に顔を出し続けようと踠きつつ。何とか魔術言語を構築させ切ると同時、それは来た。
突然私の真上に影が出現する。
嫌な予感がして見上げてみれば、そこには大きく口を開け、こちらを喰らおうと落下してきている巨大なサメの姿があった。
「【血狐】ッ!!」
『――了承、固定』
咄嗟に【血狐】を身体から出現させ、迫ってきていたサメの口に蓋をするように移動させる。
血液の塊だからこそ、流動的で、尚且つ物理的な攻撃には強い。
身体を硬化させサメの落下を防ぐと同時、私は構築できた魔術言語にMPを流し起動させる。
名前はない。効果としては、
「水だって凍っちゃえば足場に出来る……!」
自身の周囲、霧に触れている水面が徐々に凍りだす。
それを知覚したのか、私の身体に纏わりつくようにしていた【血狐】は出来た即席の足場へと自らの身体を移動させていく。
ボスもそれに伴って私の直上から少しずつ離れていってはいるものの、流石に【血狐】では受け止めきれていないのか徐々に私へと近付くようにその高度を落としてきていた。
猶予は少ない。
否、ボスの持つ能力が予想通りのモノならば、猶予なんてものは最初から存在していないだろう。
私は身体を動かし、泳ぐようにして自身が凍らせ続けている即席の足場へと辿り着く。
それと同時、
『――目標転移、索敵不可』
【血狐】が支えていたボスの姿が消える。
まるで最初からそこに居なかったかのように、しかしながら強烈な威圧を何処かから私にぶつけ続けている。
「……第4フィールド、そのダンジョンの洗礼ってわけぇ?」
不本意な形でのボス戦が始まった。