状況は思った以上に悪くはない。
砂漠の下に存在している地底湖。私の知らない何かによって青白く光っているここで、現在ボス戦が行われている。
だが、私は水中に入ることは絶対にしない。
何故なら相手は『刹来の鼬鮫』……転移能力を持っていると推測できる巨大なイタチザメだからだ。
人食いサメとも、ヒレのついたゴミ箱とも呼ばれるイタチザメは好奇心旺盛で攻撃的な性格をしていると言われている。
だからこそだろう。数秒経つ毎に私の周囲へと転移しては喰らいつこうとしてくるのだが……それは上手くいかない。
「……相性が良いなぁ。コレ」
現状、地底湖は濃霧で満たされている。
落ちてくる前の環境や、ダンジョン外なら兎も角として地底湖は気温が低く私にとっては最高とも言える環境だ。少し肌寒く、そして強い風が吹くわけでもない。
霧を展開すれば展開するだけその場に留まってくれるため、操作の方にあまり意識を向けなくていいのも良い点だろう。
軽く足先で足場としている氷を蹴りつつ、大きく声を張り上げた。
「【
瞬間、私の周囲には霧の刃が浮かび上がり、身体には赤いオーラが纏わりついた。
普通ならばボス戦では【挑発】は使わない。
そもそもが今の私の戦闘スタイルに合わない魔術なのだから仕方がない。
だが、今回のように1対1……それも相手が【血狐】ではなく私しか狙ってこないとなれば話は別だ。
デメリットであるターゲット集中効果がデメリットではなくなり、ダメージ上昇効果を付与するだけの強化魔術となってくれるのだから。
そして、私に対してだけしか攻撃してこないのならばやりようは他にも存在する。
バリン!と何かが割れる音が私の背後から連続して聞こえてくる。
それが耳に届いた瞬間、私は足を踏み鳴らし【衝撃伝達】によってその場から緊急離脱を行った。
ちらと先ほどまで自分が居た位置を見て見れば、イタチザメが空中から落下してきている。
イタチザメの転移能力の種が割れたわけではない。
では【狐霧憑り】も使っていない私が何故避けられているかといえば……簡単に言えば、いつも使っている魔術言語の応用だった。
トラップとして使う事が多い、『相手が触れた瞬間』『氷を生成する』という魔術言語を構築し、自分の周囲の濃霧内へと展開し続けているのだ。
イタチザメが転移してくれば、その場に存在する魔術言語が発動し氷の割れる音によって位置を教えてくれる。
そして位置さえ分かってしまえば、私の機動力ならば避け切ることが出来る。
単純でありながら、効果的な方法だった。
だがこれだけではいつか私のMPが尽きて食いつかれてしまうだろう。
だからこそ、私は魔術言語に魔術を重ね、直接ではなく間接的に。
近接戦闘ではなく、魔術師らしい遠距離攻撃をもって攻撃を行っていた。
地底湖へと戻っていくイタチザメは、転移するごとにその身体に切り傷を増やしていく。
やっていることはこちらも単純、転移してきたイタチザメの周囲へと【路を開く刃を】によって作られた霧の刃が集中しているのだ。
転移する前から攻撃できればいいのだが、私の持っている索敵系の能力は水中には効果がない。
受動的にはなってしまうが、十二分に効果的なダメージの与え方だろう。
そして、もう1つ。
ここまでは私の行動ルーティンであり、この場にはもう1体……自我を持った魔術が存在している。
『――分体侵入、目標補足』
【血狐】は等級強化を行う前から生物相手には強い魔術だった。
液体であるのを良いことに、身体の中へと入りこみ中で悪さを行うのだから弱いわけがない。
外皮が堅い相手も、内部はそうではない。
肉が硬くても血管の中へと入りこめる傷が出来ていれば、そこから全身へと回って血管を破壊する。
血管が破壊されれば、生物は生きる事が難しくなるのだから生物特攻と言っても差し支えはないのだから。