『創造主様――『おっと、そこな乗り物は一度消させてもらおう。図書館ではお静かに、という奴だ』――ッ!』
コンダクターが再度【霧式単機関車】を移動させようとした所で。
【嫉妬の蛇】の声が響き、その形を霧散させる。
「……ちなみに試練ってどんな感じ?」
『呵々、そう焦るでない。きちんと説明をしよう』
私が周囲を見渡しながら、インベントリから『面狐』を取り出していると。
一気に周囲の書架が移動していく。
否、移動というよりは私を何処にも逃がさないように、図書館の形を大きな1つの広場のようになってきている。
どうやら私の立ち位置はその広場の端の方であったらしい。
『……『――これより始まるは嫉妬の序章』。流石に急造、アリアドネ用の個人試練故、所々歪であるのは頭を下げよう。しかし『嫉妬は汝を愛そう』。『愛しい汝が何処にも行かぬように』、『視線を、言葉を、身体を奪わせていただこう』。再度言おう『これより始まるは嫉妬の序章』である』
「……ッ!?」
瞬間、私の身体が広場の中央へと引っ張られていく。
突如【嫉妬の蛇】の声に魔力が混ざったかと思えば、詠唱のようなものが始まり。
そして、空気中に言葉と共に発せられた魔力は紫の塊となって実体を持ち始めた。
『呵々ッ、アリアドネよ!我からの試練は単純に『その者から生き残れ』!無論、殺しても良いぞ。試練を乗り越えろ、突破せよ、――そして認識せよ』
魔力の塊は1つの形を象っていく。
それは、どこか見たことのある……いや、それどころか。見覚えしかない形へと変わっていった。
「い、いやこれは……ッ!」
私は咄嗟に狐面へと触れ霧を周囲へと満たしていく。
私の魔術を使うのに必要であるために広場を魔力の込められた濃い霧で白く満たしていく。
「フィッシュさんはダメでしょ!?」
恐らく、私の行動ログを参照して1人のプレイヤーを再現したのだろう。
目の前にはつい最近も戦闘訓練に付き合ってくれた、狼獣人の姿があった。
紫色一色ではあるために表情や、ディティール自体はそこまで細かく再現されているわけではない。
しかしながら、この場……1対1でフィッシュというプレイヤーと対峙するという状況ではそんな細かい部分はどうでもいいのだ。
なんせ、相手は戦闘特化。
近接戦闘では彼女以上のプレイヤーを私はこのゲームでは見たことがなく、実際一度イベントで戦った時には私は逃げ回りながら、所謂搦め手で彼女を倒している。
つまりは。
……真正面からフィッシュさんときちんと戦った事なんて1度もない!
「あとで絶対文句だけは言わせてもらうからね……」
だがやるしかない。
私は霧を操り、複数の魔術言語を同時に構築していく。
それと共に相手が動き出す前に足先で床を蹴り、動作行使によって【路を開く刃を】を発動させていく。
瞬間、目の前からフィッシュの偽物が消えた。
否、動きは見えている。霧が一瞬だけブレたからだ。
右に動いた霧に合わせ、【路を開く刃を】を操作しつつも。
私自身は一歩だけ左にズレる。
すると、だ。
私の右頬に1本の赤い線が走った。
「【血液強化】、【血狐】ッ」
だが、それだけでは終わらない。
次いでこちらへと一歩、右横へと回り込んできた動きとは違い、ゆっくりと一歩踏み出したのを見て、私は『脱兎之勢』を使い無理矢理距離を取る。
瞬間的に身体3個分ほど離れたと共に、私が先ほどまで居た位置の床が大きく抉り取られた。
彼女本人と戦闘訓練した経験が活きている。
大きく速く動く時よりも、フィッシュはゆっくりと丁寧に動いた時の方が怖い。
それはしっかりと考えて動いているという事に他ならないのだから。
【路を開く刃を】が機能していない事に関しては気にしていない。
フィッシュを元にしているのだ、もしかしたら私の知らない攻撃回避系の魔術を持っている可能性があるからだ。
「【血狐】はいつも通り遊撃!」
『――了承』
このタイミングで成形が終わった【血狐】に対し指示を出しつつ。
私は足を踏み鳴らし、動作行使によって発動した【衝撃伝達】を使い再度大きく距離を取った。
どう戦うにせよ、結局彼女は近接戦闘特化。
魔術言語や使う魔術によっては中遠距離でも十分に戦う事が出来るのだから、距離を取るのは間違いではないはずだ。
問題は、
「げっ」
距離を取った私の姿を見た偽物が、自身の指を食い千切るような動作をした後に。
虚空から数本の出刃包丁を取り出した。
脳裏に過ぎるのは、つい最近瘴気と霧に満ちた森の中での光景。
……バカバカバカバカ!
構築していた魔術言語を崩し、即興で『氷生成』のモノへと切り替え私の目の前に氷の壁を何重にも出現させる。
それと共に、右へと跳んだ瞬間。
交通事故でも起きたかのような音と共に、全ての氷の壁が砕け散った。
魔術によって強化された膂力による、ただの投擲。
だがそれによって起きた現象は、初めの一瞬の攻防よりも大きな破壊の跡を図書館に残していく。
『な、ちょっと待てい!アリアドネ、貴様何てものを再現させおった?!』
「いやそっちも予想外なのは何でよ!?」
焦ったような【嫉妬の蛇】の声が広場に響き、ついツッコんでしまったものの。
それで状況が変わるわけではない。