Chapter7 - Episode 7


避ける。

単純な投擲ならば兎も角として、何重にも重なった氷の壁を全て砕く攻撃を弾こうとするほど私はバカではない。

というより、無理だ。

何せ、1発1発が重い上に消費しているのはただの包丁。

HP的な減少はあるだろうが、指を食い千切った程度では些細と言わざるを得ないだろう。


それに引き換え、こちらの消耗は重い。

MP自体は問題ない。そもそもが魔術言語などMPを多く使うような戦闘の仕方を好んでいるのだ。インベントリ内にその手の回復アイテムは豊富に用意している。

しかしながら私の集中力は、ゲーム的な手段では回復することは出来ない。


1発当たっただけでも即死レベルの投擲が次々と投げ込まれているのだ。

『脱兎之勢』や【衝撃伝達】を使えば余裕を持って避けられるとはいえ、それは相手が素直に私の居る位置へと投げてくれているからであり。

少しでもフェイントを掛けられれば、次の瞬間には私はミンチよりも酷い状態になってしまうだろう。

……本当、敵には回したくない人!


味方であるならこれ以上無いくらい信頼できるプレイヤーが、擬似的に敵に回っただけでこの有様だ。変な笑いが込み上げてくる。

だが、いつまでもこの状態を続けているつもりも余裕もない。


狐面によって透かして見る事が出来る私には、分かっている事が1つある。

……あの偽物は、本物と一緒で霧の中を見通せない。

先ほどから正確に、まるで見えているかのように出刃包丁を投げ込んでくるものの。

その顔の向きは私と検討違いの方向を見ていたり、たまに私ではなく【血狐】に反応したりと、こちらの姿が見えているのならばしないと断言できる様子を見せている。


それに本人が先のイベント時に言っていたのだ。

空気中に溶け、姿が見えない相手を『匂いで特定する』と。

ならば偽物も同レベルの嗅覚を持っていると考えるべきだ。


「こっちもやられっぱなしじゃあないんだよ。そう――」


小声で言うや否や、こちらへと出刃包丁が飛んでくるが構わない。

相手のやっている事が分かったならば、こちらも打つ手を考える事が出来る。

そして私には時間さえあれば、好きなように思い描いた作戦を実行できる力があるのだから。

……認めよう。狩り・・向こうの方が上。これは前々から分かってた事なんだから。

私は止まらずに、霧を操作して魔術言語を再度同時進行で複数構築していく。

だが、その内容は『狐群奮闘』を元にしているもので、構築自体はすぐに出来る。

だからこそ、ここからアレンジを即興で加えていく。


……思い出せ。白い騎士の時の事。

脳裏に過ぎるのは騎士を倒すために魔術言語を使った時の事。

あの時、私はどうやって素材を配置した?

そして、今。現状を打開するにはどうすればいい?

そう考え、複数の魔術言語を2つの魔法陣のように集合させ、繋げ、完成させていく。

その出来を確認し、満足して頬を緩め。私は魔力を流した。


「――騙し合いこっちならの方が、上手い」

【『言語の魔術書』読了による構築補助を確認しました。『カルマ値』を獲得します】


瞬間、私の周囲から足音が鳴り響く。

発動させた魔術言語は、2つ。

1つは『狐群奮闘』を元に構築した、私と似た頭身の霧人形を複数作り出し、その足裏に『氷生成』の魔術言語を仕込む事によって、霧人形が床を踏むと同時に足音が鳴るというある種デコイのようなもの。

そしてもう1つは、恐らく初級も初級。魔術言語を知ってすぐにでも使えるであろう『匂い消し』。

この2つが組み合わさる事でどうなるか。

その結果は火を見るよりも明らかだった。


偽物は私から離れていくデコイ達の足音に反応しかけ、しかしながら私の匂いが極限まで薄くなっているため、どれを狙えばいいのか分からない。

そして恐らく一番この場で匂いが強くなっているのは血の塊である【血狐】だろう。

だがそちらを狙った所で、一撃でその身体の大半を吹き飛ばさない限りは動き続けるのが【血狐】という攻撃魔術だ。


絶好のチャンス。だが、この状況でもまだ安心して攻撃出来ないのがフィッシュの怖い所だ。

だからこそ、私は足音に紛れるように小さな声で発声行使を繰り返す。

偽物の足元へ、『ラクエウス』による霧の罠が次々と設置されていく。

といってもトラバサミは恐らく同じ獣人であるフィッシュの膂力では足枷にすらならないだろう。

だが落とし穴ならそうではない。気が付かねばどんなに浅い落とし穴でも躓き、体勢を崩す事となる。


その数、およそ十個程度。

決して多くはないが、少ないとも言えない数だ。

そんな量の落とし穴が濃い霧で見えなくなっているのだから十分だろう。

そこまでして、私は『ミストロングブーツ』はインベントリ内へと移動させ、出来る限り足音がしないようにしてから。

一足飛びに偽物へと近づいた。