Chapter7 - Episode 5


『時は来たる、場所は出ずる――』


声は虚空へ響く。


『――呵々、そろそろ頃合いかのう』


少女の声は、誰に問いかけるわけでもなく。

しかしながら、明確な意思をもって虚空へと語る。


『嫉妬、羨望……あの女子はどちらだろうなぁ……』


愉しそうに、声は嗤う。



―――――



次の日。

私は自身のダンジョンである『惑い霧の森』の探索を行っていくことにした。

掲示板や、上層で出会ったプレイヤー達にそれとなく転移能力持ちのモブなどに最近出会っていないか聞いてみたが……特にそれらしい情報を得る事は出来なかった。

初心者は兎も角、私と交流がある『駆除班』のプレイヤー達が見ていないと言っているのだ。

という事は。

恐らく推定転移能力持ちの敵性モブは深層にしか生息していないのだろう。


「って言ってもなぁ……」


狐面へと手をかざす。

等級強化をした時には『白霧の狐憑巫女』が好意で機能を封印してくれたものの。

私にはそんなものは使えない。だからこそ、折角作った索敵魔術である【狐霧憑り】は今使えない。


「仕方ない、久々にアレを使おう」


私はインベントリ内からあるアイテムを取り出した。

半透明の青色の鈴。Arseareを始めた頃に使っていたものの、【霧狐】を創ったり、そもそも私が狐獣人というアバターに慣れた為に使う場面が少なくなり、最終的にインベントリの肥やしとなっていた代物。


「『霧の社の手編み鈴』っと。使うだけなら『惑い霧の森』は十分良い環境だしね」


上層のボスエリア、そのウェーブ防衛のクリア報酬であるアクセサリーだ。

効果は一定範囲内の霧内部に存在する敵対者を索敵してくれる優れもの……と言いたいのだが。

その効果範囲はそこまで広くない。

それこそ旧【霧狐】よりも狭く、本当に近場の敵性モブにしか反応してくれない為、普段は記念品くらいの価値しかない代物だ。


だが誰の力も借りていない。

正真正銘このアイテムだけの能力で索敵を行っているからこそ、『白霧の森狐』への情報共有を気にすることなく転移能力持ちを探す事が出来るのだから。


「じゃ、行こうかコンダクター」

『了解しました』


呼び出していた【霧式単機関車】、その車掌であるコンダクターに指示をする。

向かう先は深層。

だが深層の特定の場所へと向かうわけではない。


『指示通り他プレイヤーを避け、敵性モブを轢き続ける……で良いのですね?』

「うん、それで良い。掲示板に書き込んであるし、一応家主巫女さんの方にもOKを貰ってるから」


言いながら、私は単機関車へと乗り込んでいく。

轢きつづけるのに何故『霧の社の手編み鈴』を取り出したかと言えば。

単純な話、【霧式単機関車】及びコンダクターには索敵能力が無いからだ。


「よーし、やろうか。サーチ&デストロイ」

『……私はそういった事をするモノではないのですが……』


そう言いながらも単機関車は発進する。

本当ならばこんな方法ではなく、自身の足で、目で見て索敵を行った方が良いのだろうが……残念ながら、時期が悪いとしか言いようがなかった。


流れていく景色とログを流し見しつつ、腕に久々に付けた『霧の社の手編み鈴』を掲げる。

すると、だ。

私の周囲に青い矢印が複数出現した。


「コンダクター、北東方向」

『了解しました』


言うや否や、複数の素材の取得ログが流れる。

素材集めという点だけ考えるならば、自身の管理ダンジョン、もしくは未攻略のダンジョンでやるならいいかもしれないと思うくらいには凄まじいスピードでインベントリ内へと素材が貯まっていく。

しかし具体的にどんなものが手に入っているのかを確認している暇はない。

取得スピードが早いという事は、つまり単機関車の速度が速いという事。

それが意味する事と言えば、私がコンダクターへ次の方向をすぐさま指示しなければ、私に近い敵性モブからどんどん離れて行ってしまうという事だった。


勿論、真正面にモブが現れればコンダクター側が調整してくれる。

だが、それだけだ。

……まだ等級が低いから、かな。いや、そもそも移動に特化してるからこその欠点かなコレ。

コンダクター側が索敵出来るようになれば、と一瞬考えたものの。

【霧式単機関車】は元々移動用の【脱兎】を派生させたモノだ。

ここから索敵機能までつけてしまったら、新入りである【狐霧憑り】の面目が立たない。


そんな事を考えながら。

私は次々コンダクターへと方向を伝えていると、


『……ッ!創造主様、どこかへと掴まってください!』

「ッ!?」


コンダクターが突然焦ったような声を出したと思いきや、突然前方方向から強い衝撃が襲い掛かってくる。

まるで何かにぶつかったかのような衝撃。

だがしかし、【霧式単機関車】のフロントガラスから見えたのは何かとかそういうレベルのものではなかった。


「……はぁ?」


単機関車がぶつかったのは、天まで届く程に背の高い書架。

その書架には、紫色のオーラを纏った本が納められていた。


『――呵々ッ!』


図書館だ。

それも悪性変異した魔導書が納められた禁書庫と言うべき場所だ。

そしてそんな場所で私の事を知っている存在と言えばただ1つ。

何処からともなく聞こえてくる少女のような声に、私は苦々しい表情を浮かべながら答える。


「【嫉妬の蛇】……!」

『久方ぶりじゃのう、アリアドネ。さぁ、試練を始めようではないか!』


どうやら唐突に、突然に。

心の準備もする暇がないままに。

【嫉妬の蛇】の試練が始まってしまうようだった。