タムは大急ぎで部屋に戻った。
アジアンタムと書かれたドアを開け、中に滑り込んだ。
風がタムの髪をなでた。
タムは見えない風に向かって微笑んだ。
「いろんなことがあったんだ」
風はくるくるとタムの周りを回った。
遊んでくれと言っているような、
または、慰めてもくれているような。
そんな気がした。
タムは、風に向かって語りかけた。
「ベアーグラスを、いつか導いてくれないかな」
風は、ふわっとタムのジャケットを膨らました。
心地よいそれに、勝手に了解のサインと思って、タムは微笑んだ。
風は再び、タムの髪をなでると、
カーテンと踊りに行った。
タムはベッドにひっくり返った。
右隣のネフロスの部屋からは、結構な水音が聞こえる。
ザーザーいっている。
そうまで流さないといけないんだろうか。
ネフロスは、ガリアーノ。
確か、パキラはカンパリ。
現れよとか言って、武器を出した。
その前に…銃弾を噛み砕いていた。
タムはぼんやりと考える。
よくわからないが…魔法とか何かかな…
それともそういう技術なのかな。
間を取って魔術とか。
なんか違うなぁなどとタムは思った。
相変わらずネフロスの部屋からザーザーと水音が聞こえる。
タムは話し相手に風を選んだ。
「ねぇ」
タムは窓のカーテンと遊んでいる風に語りかけた。
風はふっと止まると、タムに向かって吹いた。
「名前あったほうがいい?」
風はふっと止まった。
風にすれば思いつかないことかもしれない。
「表側の世界の名前にしよう。シンゴ」
ふわぁと、風が、シンゴが踊った。
『タム、タム』
部屋が、空気が語りかけた。
いや、風が語りかけているのだ。
『タム、俺、シンゴ』
「うん。改めてよろしく、シンゴ」
姿は見えないが、タムはシンゴの存在を感じた。
『名前あるから声が聞こえる。タム、何を話したい?』
「うん、隣でネフロスがザーザー水を使ってる」
『パキラも使ってるらしいね。クロ大忙しだよ』
「うん、そんなに流すのは、一体何かなって」
『タムは見なかったの?』
「見たけど、銃弾噛み砕いて、武器が出てきて、髪と目が緑色。わかるのはそれだけ」
『俺もよくはわからないんだ、風だから。でもね』
「でも?」
『裏側の住人として、タムはまだ踏み込んじゃいけないんじゃないかな』
「うーん…」
『タムはまだこんなに小さいし』
「聞いちゃいけないのかな?」
『聞いたほうがいいと思う。でも、ネフロスやパキラとおんなじことは出来ないと思う』
「シンゴはそう思うの?」
『うん、タムは小さいし、ええとね…』
「うん?」
『ネフロスやパキラが、クロを大忙しにさせるくらい水を使って流すものがある』
「うん」
『それを、タムの身体に入れたらどうなるかって思うんだ』
「パキラは、残ってると害になりかねないって言ってた」
『それ。小さなタムに大人でも害なものを入れたら大変だと思うんだ』
「パキラもネフロスも大急ぎで部屋に戻ってった。ザーザー流してる」
『だから、よくわからないけど、タムはまだ、それを使えないと思う』
「表側では、一応大人なんだよ」
タムは、ぷぅと頬を膨れて見せた。
シンゴは笑って、タムの周りを回った。
『エリクシルでは小さな新入りのタム。だから、同じことはしようとしないで。タムの出来ることから』
「僕の出来ることから」
『ベアーグラスを導いてって言ったよね』
「うん、約束したんだ。エリクシルで待ってますって」
『そういうことから、はじめればいいよ。いきなり何もかもは出来ないさ』
「シンゴはエリクシルにいてどのくらいになるの?」
『さぁ?でも、今日が俺の誕生日』
「誕生日」
『俺はシンゴになりました』
シンゴはそういうと、笑った。
『あ』
「あ?」
『ネフロスのザーザーが止んだよ』
「本当だ」
タムはひょいっと、ベッドから飛び降りた。
「ネフロスのところ行ってくるね」
『いってらっしゃい』
シンゴはタムを見送ると、また、カーテンと踊りに行った。