タムは、部屋から出ると、右隣のネフロスの部屋の前にやってきた。
ザーザーの音が止んでいることを確認する。
恐る恐るノックした。
こん、こん。
ノックは乾いて響き、
「誰だ?」
と、ネフロスの声が返ってきた。
「タムです」
間があり、ネフロスが扉を開けた。
いつものコート、いつものブーツ、髪だけは、つんつんととがっていなくて、
湿って寝ていた。
相変わらず目つきは鋭い。
「あの、その」
タムは何から切り出していいか、どもった。
「入れ」
ネフロスは扉を開いた。
「おじゃまします」
と、タムは恐る恐る中に入った。
タムの部屋と、ギミックの類はあまり変わらない。
ただ、天井にフックのようなものがいくつもあって、
そこに袋がぶら下げられている。
いくつもいくつも。
「多分お前が聞きたいのは、これだろ」
ネフロスは、あごでしゃくって袋を示した。
「あの、銃弾ですか?」
「そう、俺たちは鉄砲玉さ」
ネフロスはにやりと笑って見せたが、タムはいまひとつ伝わらなかったようだ。
ネフロスは、頭をわさわさかくと、話し出した。
「酒精ってわかるか?」
「しゅせい」
「表側の世界では、どうなのかよくわからないけれどな」
「うーん…」
「裏側の世界では、それを、命の水と呼んでいる」
「あ!命の水取引商!」
「おつかいに行ったらしいな、まぁ、そこで扱ってるのがこれでな」
タムは袋を見上げた。
いくつもいくつも、袋によくわからない文字が書いてある。
読もうとがんばったが、やっぱりよくわからなかった。
「俺たちはこれを噛み砕くことによって、酒精術という術が使えるように覚醒する」
「しゅせいじゅつ、かくせい?」
タムはおうむ返しに答えた。
「命の水、酒精には、命が溶かし込んである」
「命が…」
「それを銃弾の形にして閉じ込めてある」
「ふむふむ…」
「それを噛み砕くと、命が流れ込み、覚醒をする。それが目と髪の色が変わる現象だ」
「緑色」
「そうだ、そして、流れ込んだ命は、名を呼べば武器として現れる」
「それが、あの、金色の剣ですね」
「ガリアーノだ。勝手がいいんで俺はよく使う」
タムはある程度理解した。
そして、次の疑問をぶつけた。
「命を溶かし込むって、どういうことなんですか?」
「そうだなぁ…俺も明確に説明できないけどな」
ネフロスは天井を見て考えた。
「命ってものを溶かし込んでいる水、そんな風にしか考えないな」
「命は苦しくないんでしょうか」
「考えたこともなかったなぁ…」
ネフロスはぼんやりと答えた。
今まで考えたことがなかったのかもしれない。
「じゃ、解除といっていたのは、命を逃がしてあげることですか?」
「解除は、覚醒からの解除。武器をしまって、目と髪が元に戻る」
「覚醒しっぱなしなら強いじゃないですか」
「覚醒をし続けると、取り込んだ命が暴れて、結果的には俺自身が壊れる」
「だから、解除」
「そう、そして、命の水、酒精を戻ってきてから十分に洗い流す」
「流さないと、残って、害になるかもしれないんですね」
「まぁ、そういうことだ」
タムは、考え込んだ。
「エリクシルって、危険なことをしているんですね」
ネフロスは鋭い目で、不敵に笑った。
「なんでも屋だからな」
タムは素直に尊敬した。
「酒精術、でしたよね」
「使おうとか思うなよ」
「使わないほうがいいと、隣で話してきました」
「誰とだ?」
「風のシンゴです」
「シンゴ?」
「部屋に住み着いている風に、名前をつけたら話せるようになりました」
「つくづく、変なやつだ」
「シンゴはいいやつですよ」
「お前は変なやつだけどな」
「…ひどいなぁ」
ネフロスは面白そうに笑った。
「アイビーが用意した本があれば、いろいろ調べられるだろうさ」
そういえばあったかもしれないとタムは思い当たった。
「それじゃ、僕は部屋に戻りますね」
「次の仕事まで、せいぜい勉強だな」
「はい」
タムは元気に、ネフロスの部屋をあとにした。