空気が乾いているなと、タムは感じた。
乾きの治療院の中は、乾いている。
行ったことはないが、砂漠などに近い気がする。
白い漆喰の壁。
鉄のドアに書かれた、病室と病人の名前。
かすかに仕掛けの音がする。
くるくるくるくる、というような音。
風車か何かの音らしい。
タムはなんとなくではあるが、この音が乾かしているんだろうと思った。
ネフロスとパキラと、遅れてタムが、治療院の廊下を早足で歩く。
無言だ。
口を開けば乾いてしまうような気がした。
黙って彼らは、311号室にやってきた。
ベアーグラス、と、書いてある。
隔離されていたということは、相当害虫とやらがひどいのだろうか。
タムは思っただけで、声にすることはなかった。
じめじめしたのは好きではないが、
からからに干からびるような気がして、口を真一文字に結んだ。
ネフロスがノックした。
返事は声ではなかった。
311号室と書かれたところに、
「入室許可」
という文字が出ただけだ。
タムは思う。
もしかしたらベアーグラスは、声も出せないのかもしれないと。
タムが乾きたくないのとは違う、声の出せなさ。
もしかしたら、重症なのではないかと。
「行くぞ」
ネフロスが一言だけ告げた。
乾いた治療院に、やけに声が響く。
ネフロスがドアを開けて転がり込んだ。
パキラがすばやく続く。
タムは中に転がり込んだ。
反射的に、そうした。
さんさんと輝く明かり。
白い漆喰の乾いた部屋。
ベッドに誰かいる。
そしてその周りに…
化け物だ。
タムはそう思った。
黒い羽を持った、確かに言われれば虫みたいなもの。
ハエとかカとか、ああいった羽虫みたいなのを…
タムの身長まで引き伸ばしたのが何匹も。
「われわれに食われるものがやってきた」
害虫がしゃべった。
「こいつもそろそろ用済みだ。そろそろ次がほしいと思っていた」
タムは、恐怖した。
こんな化け物を、どう相手しようというのか。
タムは、ネフロスを見上げた。
ネフロスは…笑っていた。
「お前らは、エリクシルを敵に回した」
ネフロスは、乾いた病室の中、静かに宣言した。
化け物はひるまない。
ネフロスは、コートの内側から、小さな袋を取り出した。
ちゃりん、と、小さな音が、乾いた部屋に響く。
ネフロスは袋から手を引いた。
その手には、銃弾があった。
鈍い金色に輝く、細長い銃弾だ。
「あの世でベアーグラスにわびるんだな」
ネフロスはおもむろに、銃弾を口に放り込み…噛み砕いた。
がりっと、音が響く。
それは、とてもゆっくり響いたような気がした。
変化は鮮やかに訪れる。
ネフロスの黒い瞳が鮮やかな緑に変わる。
黒くつんつんとした髪は、色だけ、鮮やかに緑に変わった。
鋭い緑色の瞳を細めた。
ネフロスは不敵に笑った。
「現れよ!ガリアーノ!」
ネフロスは叫び、すっと、右手を横に差し出した。
金色の光がネフロスの右手に集まる。
そしてその光は、大きな剣の形を取り、落ち着いた。
害虫ははじめてひるんだ。
「これが、う、うわさの…」
「へぇ、害虫にも噂があるんだなぁ」
ネフロスは金色の剣を構えた。
「悪いが、噂させるほど、のこしゃしねぇからな」
「ひ、ひとりなら」
害虫がネフロスに向かい、集団でやってくる。
その後ろで、がりっと言う音。
「現れよ!カンパリ!」
パキラの声がかかる。
タムは振り返った。
そこには、
5つに分かれた黒髪を鮮やかな緑に変え、
瞳をやはり緑に変えたパキラがいた。
その手には、赤い色に輝く鞭が握られている。
「一人じゃないわよ」
ひゅうっと、鞭がしなり、ぱぁんと床で乾いた音を立てた。
「さぁ、速攻で片をつけるわよ」
ぱきらはくりっとした緑の目で笑った。
ネフロスも大きな金色の剣を構えた。
害虫は二人に向かって作戦も何もなく突撃してくる。
「6」
「3、まかせたわよ」
彼らはそれだけ言葉にすると、
すばやく右と左に分かれた。
ネフロスの金色の剣は、3体、害虫を切り払った。
横から、上から、流れるように金色の剣は害虫を払った。
害虫は断末魔の叫びを上げることもなく、乾いた病室で、絶命し、乾いた。
タムは視線をパキラにまわすと、パキラも、3体、害虫を鞭でなぎ払うようにばらばらにしていた。
6体いたらしい害虫は、
異様な力の前に絶命し、乾いたごみくずになった。