ネフロスとタムはアジトに向かって歩いた。
「お前と通ってきたのが、境界のドアの群れってとこだ」
「そこに行けば、戻れるんですね」
「大体ドアのほうが引き込んでくれる、表側の世界にも戻れるさ」
「でも僕は、裏側の世界のほうが、なんとなく好きですけど」
「変なやつだ」
タムは歩きながら微笑んだ。
「それでだ、一緒に通ってきた通りが、清流通り一番街」
「清流通り一番街」
「清流通りは五番街まであって、その通りが一緒になるのが、さっきの噴水だ」
「ふむふむ」
「で、俺たちは噴水から、清流通り三番街の、路地一本入った、池のふち二巻というところへ行く」
「いけのふち・にまき」
「ま、そこにアジトがあるんだ。行くぞ、タム」
「はい」
ネフロスとタムは池のふち二巻を目指して、路地に入っていった。
裏側の世界の路地。
背の高い建物と建物の間の隙間、
暮らしている人がいる。
いくつも扉や店を通り過ぎた。
上を見ればぼんやりとした太陽の下、
洗濯物を干しているのが見えた。
やがて、路地の行き止まりにやってきた。
さびた扉がある。
しかし、ドアノブだけは新しい。
ネフロスが行き止まりのドアを叩いた。
「帰ったぞ」
キリキリキリキリと、ドアの内側でかすかに、歯車やギミックの動く音がする。
チーンと、安っぽい金属の音がして、
ドアノブが動いた。
ネフロスはドアを開き、タムはそれに続いた。
中には、無数の歯車やぜんまいや、配線や螺子やボルトやバネや…
そんなもので出来ていた。
それでも暗くはなく、むしろ少し明るい。
通るところだけ、配線が避けてあった。
「ネフロレピス、お帰りぃ」
声が上からかかった。
このアジトは上にも広がっているらしい、そこから女性の快活な声がかかった。
「ネフロスと略された。で、こいつが新入りに連れてきた。アジアンタムで、タムと略した」
「おっけー、ネフロス。今そっちに行くわ」
快活な女性は上でそう答えた。
そして、上から何かが落ちて…
無数の仕掛けの中を無傷で潜り抜けて、
女性が降りてきた。
服装は、茶色で軽装で、黒髪を上で束ねて5つに分かれさせている。
大きな丸い目で、くりっとしている。
幼い印象があるが、タムよりは背が高い。
もっとも、ネフロスには負ける。
「このちびがタム?」
「そうだ」
ネフロスが答えたが、タムは、はたと違和感に気がついた。
「ちび?」
「あー、表側から心だけつれてきたね」
「こっち側には、子どものほうが適応する」
「ちび?」
タムは繰り返し、自分の両手を見た。
妙に小さくなっている気がする。
「鏡でも見る?」
女性が、小さな鏡をとりだした。
うつるのは、12歳程度の少年。
「わかった?」
タムはこくりとうなずいた。
表側の世界と、裏側の世界では、
姿も違ってしまうものらしいとタムは思った。
心持ち、考えも幼い気がする。
「騒々しいですね」
静かな声がアジトの奥からした。
「アイビー、新入りだって」
快活な女性が奥に向かって声を上げた。
「アイビー?」
タムが繰り返す。
快活な女性はうなずいた。
やがて、ごちゃごちゃした通路の向こうから、
腰以上に長い髪をした、暗い緑の長いワンピースを着た、女性が出てきた。
見た目の年齢は大人と呼ばれるかどうか程度。静かな目をしている。
「アイビー、こっちが新入りのタムだって。ネフロスが連れてきた」
「登録認証が変わったのはそのためですね…わかりました」
アイビーと呼ばれた女性は、静かにうなずいた。
そして、快活な女性を見る。
「あなた、自己紹介は?」
「いけない、わすれてた。あたしはパキラ、よろしく、タム」
快活な女性…パキラは手を出した。
タムは、なんとなく握手した。
パキラはうれしそうに、ぶんぶんと手を振った。
「他にも、いろんなやつらがいるんだ。そうして結成している、なんでも屋さ」
パキラが誇らしげに、なんでも屋を評した。
ネフロスが、にっと笑った。
そして、
「ようこそ、なんでも屋、『エリクシル』へ」
と、タムは歓迎された。