ネフロスが裏側の世界の通りを歩く。
タムはそれについていった。
路地のさらに裏側の、あまり広くない通りだ。
それなりに、裏側の世界の住人はいる。
さっきは影法師になって見えなかった住人たちだ。
緑色、茶色、赤、黄色。
タムは住人を見回した。
様々の色が見て取れた。
さっきの影法師とは違う、鮮やかな色彩だ。
なんだか、住人の森に迷い込んだ気分もした。
やがて、彼らは少し広い広場に出た。
噴水が大きく小さく水をあげている。
噴水の周りには、通りが出ている。
タムたちが来た通りの他にいくつか。
古ぼけた通りだと思った。
「そこで話そう。裏側の世界のこととかな」
タムはうなずいた。
ネフロスとタムは噴水近くのベンチに座り、
ネフロスは話し出した。
「裏側の世界は、風と水と土と、鉱物金属、壊れた時間と、ギミックで出来ている」
「ギミック?」
「まぁ、歯車とか、螺子とか、ぜんまいとか、ばねとか、なんとなくわかるか?」
タムはうなずいた。
「そして、俺たち住人が、ぼんやりした太陽の下、生きてる」
話している彼らの裏で、
風が吹き、噴水が、さぁ…と、音を立てた。
「この噴水も、機械仕掛けのギミックの賜物さ」
「電気を使ってるんですか?」
「いや、風と水と仕掛けで動いてるんだ。ここには流れがいっぱい集まる。それで動いてる」
「永遠に?」
「存在内の時計が、裏側の世界では壊れてるからな。いつなのかは誰もわからないさ」
「そうか、壊れた時間なんですね」
「そう、壊れた時間、壊れた時計さ」
タムはうなずいた。
ネフロスは空を見上げた。
青い空、ぼんやりとした太陽。
「世界も仕掛けで動いているとか、よくわからない話も聞く」
「ネフロスさんも、全部はわからないんですか?」
「まぁな、それでも、なんでも屋はある程度できるさ」
ネフロスは苦笑いした。
「それじゃ、なんでも屋は何を主にするんですか?」
タムがたずねる。
「なんでもだな。思い出探し、螺子探し、怪物倒して、修理して…」
「本当になんでもですね」
「まぁな」
ネフロスが片手をひらひらと振った。
タムもぼんやりとした太陽と、青い空を見上げる。
タムは昔を思い出す。
表側の世界の幼い頃。
近所の同年代の子どもと一緒に、
森に入っては、秘密基地を作った。
ダンボールで作っては、雨でびしょびしょになって。
カブトムシを探したり、がらくたを探し出しては、秘密基地に持ち込んだり。
ネフロスの言うなんでも屋は、タムのその思い出の琴線に触れた。
触れて、響いたように感じた。
もう、年齢的には、思い出に変わってしまっていることが、
今、ここにある。
タム自身の原点に返ったような気分だった。
噴水の音が、風に吹かれて、さぁと鳴る。
森の植物たちの奏でる、風抜けの音に似ている気がした。
それは、とても懐かしい音に感じた。
タムが話し出す。
「人手が足りていないんでしたっけ」
「なんでも、では、どうしてもな」
「それで僕が表側からスカウトされたんですか?」
ネフロスは頭をかいた。
つんつんした髪形が、やや、崩れる。
「裏側の住人の声が届く人間ってのが、少ないんだ」
「それは、どういうことですか?」
「俺たちの声が届かないんだ。なかなかな」
タムは首を傾げたが、何か思いつくと、微笑んだ。
「どうした」
ネフロスがたずねる。
「たまたまであっても、面白いことに巻き込まれて、うれしいと思いました」
ネフロスは小さくため息をついた。
「変なやつだ」
タムはにっこり笑った。
「世界については、おいおい話すこともあるだろう、とにかく、俺たちのアジトに行くぞ」
「アジトって言うの、なんかいいですね」
「つくづく、変なやつだ」
ネフロスにあきれられながら、
タムはネフロスについていった。
子どものころ作った、秘密基地に行くような気分で。