シズは幸運だと言えるだろう。
「く、らえ――っ!」
理解しているのだ、戦いになんてならないことくらい。
そうだ、わかっている。
実力差が開きすぎていることくらい、思い知っている。
フォウがその気になれば、勝負のしの字にすらならず、一瞬で決着が着くなんて。
「いい、
距離は少し遠い。
魔法使い同士が魔法を撃ち合うには余る距離だ。
すなわち十分に見てから対応できる距離。
威勢のいい掛け声とは裏腹に、フォウは動かずに待った。
シズは魔法をちゃんと学んでいない、魔女とは言えど、術式を編み上げることが出来なければできる攻撃手段は魔力を圧縮して放つ魔力撃しかない。
「く……!」
遠慮はナシなんて言ったは良いが、躊躇った。
フォウの構えが如実に受けきって勝つと示しているにも関わらず、大丈夫かなと侮った。
「遠慮はナシ、だったのでは?」
「わかって、ますっ! もう一度っ!」
そんな一撃をフォウは笑って掻き消した。
腕を一振りしただけだった。
それだけで、躊躇いの元放たれた魔法とは言え、かなりの魔力を圧縮した一撃を霧散させた。
――あたしのばか! 全力でぶつかるって、決めたでしょ!!
「……そう、それでいい」
ギュルギュルとシズの魔力、黒い粒子が圧縮されていく様を見ながら、フォウはもう一度笑った。
余裕を見せてはいるが、強がりで。
こうしなければシズは遠慮してしまうだろうなんて、ナチュラルに見下すことに努めている。
だから幸運なのだ。
勝負にしてくれている、そうだとわからないように振る舞ってくれている。
「ぐ、くぅ……っ!」
圧縮し続け、これ以上は暴走してしまう限界ギリギリ。
「これ、ならっ!!」
そんな魔力の塊を、フォウに向かって放つ。
圧縮することに必死で、速度だなんだを考えなかったその放出物は、ノロノロとフォウをめがけて飛んでいく。
お粗末。
一言で言えばそれ以外に思い浮かばない魔法。
だが、何の考えもなく触れてしまえば簡単に身体を弾け飛ばしてしまうだろう威力を内容した放出物。
ゆっくりゆっくり。
亀の歩みを思わせる魔力の弾を、シズは祈るような気持ちで見送った。
「見事です」
だが、やはり。
「
「!?」
フォウが腕を振れば、圧縮された魔力が霧散した。
「この距離ではいくらやってもこうなるだけですよ?」
「う、うぅ……っ!」
距離がある、にもかかわらず弾速は遅い。
ならば十分以上に対応可能だと、フォウは肩を竦めながら言っている。
「わかりますよね? わたしから手を出すつもりはありません。いえ、もう少し突っ込んでいいましょう。手を出す必要がない」
「わ、わかって、ますっ!」
「だってそうでしょう? このままならわたしはこれを繰り返すだけでいい。そうすれば、シズさんは勝手に魔力切れで倒れるのですから」
バカにしたように。
いや、真実バカにしているのだろう、ぶつかりたいと願った気持ちの強さはその程度かと。
「わかってるって――いいましたっ!!」
だから、シズは。
「うあぁあああぁあっ!!」
「良い――気迫ですっ!!」
両の手に魔力を込めて、フォウへと駆け出した。
「えいっ!!」
「甘い」
気の抜ける掛け声、大した速度の拳じゃないにも関わらず、フォウの耳元であり得ない風音が啼いた。
シズの手を覆う魔力が荒れ狂う音だ。
手を中心に燃え盛るように揺らめく黒い魔力、中心にある手は陽炎のように実体を掴めない。
「まだです!」
急速に成長していく。
あるいはフォウが導いているのか、何度目かの魔力を載せた拳打に脚が加わった。
「お、っと」
「うあぁああっ!!」
シスターらしからぬ戦い方だと言える。
あまりにも泥臭い、聖職者の戦いでは断じて無い。
だがシズはこれで良かった、これが良かった。
戦いだ、自分との。
喧嘩だ、友達との。
そんなものに、決められたセオリー、戦い方なんてあってたまるものかと。
「そこっ!!」
「くっ――」
素人拳法も良いところのシズだが、フォウは追い詰められつつある。
次の攻撃が予見しづらくなってきたのだ。
露骨に攻撃に使う箇所へ集めていた魔力を、全身へと覆うことで魔力の集まり具合で何を狙ってるかが読みにくくした。
シズの腰の入っていない脚がフォウの頬を切り裂いた。
血しぶきが上がり、シズのブーツをわずかに赤く染めた。
かつてのシズであれば狼狽えていただろう瞬間を、まったく気にしないで次なる拳を、足を繰り出すシズ。
紛れもなく、相手の打倒しか考えていない。
「リフレクションッ!!」
「ふ、あっ!?」
素人相手に元大賢者が大人げない。
そう思う心はフォウルにあったが、もろに食らってしまえば死ぬ。
死ぬわけにはいかない。
アリサのこともあるが、今この時に置いてはシズに自分の十字架を背負わすわけにはいかない。
そんなプレッシャーを、フォウルはコントロールしきれなくなった。
すなわち。
「い、つつ……」
「は、ふ……ふ、ぅ」
フォウの余裕を、シズが奪ったということ。
「え、へへ」
「ここで、笑いますか?」
「だって、嬉しくて」
フォウのリフレクション、反射魔法で吹き飛ばされ尻もちをついたシズがゆっくり笑いながら立ち上がった。
「あぁ、お友達と喧嘩してるんだって。今、ようやく思えました」
「奇遇ですね、わたしもです」
ぱんぱんと、シズが服の汚れを叩いて落とし、フォウもまたぐるりと右肩を回した。
「受け止めて、もらえますか?」
「もちろん」
何を、とは聞かなかった。
聞いて欲しいとも思わなかった。
「フォウさん……あたしの、最初のお友達。きっと、大好きなお友達」
「光栄です」
「だから、どうか……死なないで?」
「お任せを」
距離は、人一人分。
「ふ、く、う、うぅううぅうっ!!」
シズは、ありったけの魔力を圧縮し始めた。