「シズと戦う、か」
フォウルは墓守の小屋をシズへと譲り、外で野営の準備を進めていた。
先のアンデッド浄化作業により、お互いの魔力が心許なかったからだ。
突っ込んで言うのなら、お互いの万全をぶつけ合いましょうということ。
シズはフォウの提案に最初こそ慌てたものの、最終的に受け入れた。
「サンドバッグになれとは、シズも言うもんだよまったく」
小さく笑いながら集めた枯れ木に火を点ける。
当たり前だが、戦いを勝負と捉えたのならば戦いにならない。
シズが自分の魔力、すなわち魔族の血を受け入れたからといって、フォウルに並ぶ戦闘能力を身に着けたわけじゃないのだから。
故に、本当にお互いの妥当を目的としたものをシズが求めたというのなら、一瞬で決着がついてしまう。当然フォウルが勝利するという形で。
シズ自身、言葉が見つからなかっただけで戦いと言ったわけじゃない。
自分の願いを託していい相手なのかを確かめ、納得したいからであって。言うのならぶつかりたかったのだ。
フォウルもそんなシズの内心を全てとは言わずとも理解していた。
自分の中にある整理できない想いのようなものをぶつけて、納得したいのだと。
だから、サンドバッグ。
シズが思い当たる全てのぶつかり方を、受けきって勝つ。
「きっついなぁ……」
如何にシズが未熟とはいえ、魔女だ。
今のフォウルでは届きようの無い魔力を有しているし、仮にファイアボールをぶつけ合いましょうなんて勝負になれば、先に魔力が無くなるという形でフォウルは敗北から逃れようがない。
何より、シズはまだ魔力をコントロールしきれていない。
「それを含めて、ぶつけたいってことなら……まぁ、信頼してくれていると思うべきか」
その場でコントロールをミスして、魔力爆発を引き起こしてしまってもフォウならなんとかしてくれる。
勝負を持ちかけたこともそうだが、シズはフォウへと甘えに近い信頼を寄せていた。
「俺に、魔女の……いや。あのシズの魔法を受けきれるのか」
ちゃんとフォウのことを見られるようになったとは言えど、やはりシズにとってフォウという存在は特別なのだ。
特別な感情を向けているとシズが自覚しているわけではなかった。
今までの自分をとことん否定し続けてきた彼女だけに、他者へと何処まで求めて良いのかがわからない。
今回の件が上手くいったとしてもシズの価値観、あるいは他人への基準は大きくバグを抱えることになるだろう。
そういったことを考えれば、大人しく負けてしまって、自分はこの程度だと示して現実を教えてしまったほうが良いのかも知れないが。
「遠慮はなし、だもんな」
燃ゆる焚き火の煌めきを眺めながら、朝日が昇る時を静かに待った。
「よく逃げませんでしたね」
「じ、自分からお願いしているのにそんなことしませんよ」
二人が向かい合う。
朝日の逆光越しに見たフォウの姿。
初めて見た時には、これほど修道服が似合う人もいないなんて思ったものだが、今は違う。
何でも似合うのだ、フォウという存在は。
修道服であろうと、鎧姿であっても、あるいは娼婦が着るような露出の多い服であっても。
「ふふ、そうですね。シズさんは、そんなことしませんよね」
「……」
――あぁ、やっぱり。
眩しさに目を細めながらも、シズは昨日考えていたことが正しかったと確信した。
「フォウ、さん」
「どうしましたか?」
「聞きたいこと、あるんです」
自分を、見られていない。
「フォウさんにとって。シズ・エラントーシャとは、何者ですか?」
「何者、ですか……」
フォウをシズの問いにきょとんとした顔を見せた後、顎に指を這わせて考えこむ。
恐らく、どんな言葉が帰ってきてもシズはまともに受け取れない。
だってそうなのだ。
何処かフォウはシズという人間を見ていなかった。
どれだけ今が
未来で
そう見られているのだと気づいたのは、昨日のことだ。初めてお会いしましたねなんて顔を向けられた。
それはフォウルが魔女シズをようやく受け入れた瞬間だったと言っても良い。
「いえ、変な質問をしてしまいました。答えを聞きたかったわけではありません」
「え? あ、そう、ですか? すみません、すぐにお答えできず」
フォウがシズのことをどれほど知っているのかなんてわからないし、知ろうとも思わない。
だが、今の自分を知ってほしいとシズは強く思う。
「いいんです。これから……そう、今から。思い知ってもらいますので」
「っ……!」
ぶわりとシズの周りに黒い魔力の粒子が現れた。
そうだとも、ならば知ってもらえばいい。
知ってもらいたい、だからこそぶつかりに行くのだと。
勝てないなんてわかっている。
戦いなんて言ったはいいが、勝負にすらならないとも理解している。
それでも。
「魔女、シズ・エラントーシャ」
「……フォウ・アリステラ」
全力で、戦う。
フォウが持つ、シズという存在を塗り替えるために。
「「参りますっ!!」」