「教会から離れろ、ですか?」
「シズさん、あなたもわかっているはずです。教会の……いえ、シスターたちから疎まれていることなんて」
フォウの言葉に目を落とすシズ。
わかっているはず。
当たり前だ、妬み僻みを直接その身に受けていたシズがわからないはずがない。
「魔女だから、じゃあない。そんなこと、ただの言い訳に使われているだけです。あいつら……いえ、あの方たちは、シズさんがシズさんだから排他しようとしている」
「それ、は……わかって、ます」
そしてフォウが、シズを疎ましく思っているからシスターたちと同じく排他しようとしているわけじゃないことも、理解している。
シズにとって慣れ親しんだといえば悲しいことだが、常に傍にあった悪意とはまったく別種の感情を向けてくれているなんてわかっているのだ。
フォウが、紛れもなくシズを想って言ってくれているなんて。
「孤児院の子供たちが心配ですか?」
「……もちろん、です」
「ならば新しい孤児院を建てましょう。それこそ途中で寄ったハフストの村であれば快く受け入れてくれる。伝手を辿っても良い。わたしが持つ、ありとあらゆる手段でシズさんと、あの子供たちの幸福を支えます」
フォウルはフォウとしてシズに訴えても、聞き入れてもらえる可能性は低いとわかっている。
一言で言えば時期尚早。
シズとしてもフォウルとしても、
関係性を築いたと言っても一歩目を踏み出せないに過ぎないと。
だが、今しかないとフォウルは感じていた。
予想外が立て続けにあったこともそうだが、小賢しい誘導を図るよりも、真正面からぶつかる方が良い。
そしてその機会は今しかないと。
「フォウ、さんは」
「はい」
「どうして、そこまであたしに親切なんですか?」
だからシズは一歩歩み寄った。
他人のまま、あるいは神として盲信に身と心を委ねようとしていたのなら違っただろう。
シズとして。
ただのシズとして、何故の部分を聞こう、聞きたいと距離を縮めた。
「あなたが大切だからです」
「っ……あたしと、フォウさんはあのルクトリアで出会った、ただのシスター同士のはずです。そして今はお友達……ですが! フォ、フォウさんにとって、友人って存在は、そこまでする相手なのですか?」
「はい」
「っ――」
激重感情をぶつけられたシズは流石に一歩退いた。
いや、感情ではなく、あまりに澄み切った瞳で頷いたフォウへと言うべきか。
ようやく少し顔を上げられたと思ったら、目の前に太陽があったようなものだ、眩しすぎると。
「シズさん以上に大切なものなんて……と言いたい所ですが、大切なものや人はあります。ですが、あなたもまた、わたしの多くを懸けて幸せにしたい、いえ。幸せになってもらいたい人なんです」
かつての仲間、そして今の友達。
多くのシズが知らない関係が二人には存在している。
しかし、フォウルはそれを抜きにしてもシズは幸せになってほしいと今は思っていた。
「どう、して?」
「あなたが多くの人を幸せにできる人だからです」
「そんなっ!? あ、あたしは……!」
「先のアンデッド処理で理解したはずです。あなたの力は、他に類を見ないほど、強いものだと」
フォウの言葉にシズは息を詰まらせた。
知ってしまった、思ってしまったのだ、この力があればと。
「シズさんの頭に過ぎったものをわたしは否定しません。確かに出来なかった、出来ないと思いこんでいたものの多くが可能になるでしょう。ですが、自分の力で誰かを救うという行為は、高潔なように思えてその実、ただの自己満足に過ぎない」
「……自己満足、なんて」
「違いますか? 今まで自分のせいで迷惑を世間にかけてきた。なら、今度は自分を犠牲にしてでも誰かを救おう、そんな風に思いませんでしたか?」
「あ、ぅ」
だからこそ、今しかないとフォウルは思ったのだ。
少なからず先の件はシズの自信となっただろう。
おかげで未来への展望が明るくなった。それはつまり、欲が生まれたということだ。
「自己犠牲の上に成り立つ幸せなんて、お――わたしは、認めない。認めたくない。誰かを幸せにすることは素晴らしいことです。でも、それ以上に自分が幸せであるべきだ。わたしは、そう思います」
「……」
勇者アリサを知っている。最愛の人が自分を世界のため犠牲にしたことを知っている。
何よりついさっきだ、自分がやってやるなんて思い上がりこそが、自分を含めた誰かを不幸にしてしまうなんて。
「そのために、教会を出るべきだ。フォウさんは、そう言いたいんですね?」
「はい」
「身の丈を、わきまえろと」
「……はい」
とは言えフォウルが言っていることはシズが受け取った通り、思い上がらないで身の丈にあった幸せを掴めと言っているも同義だ。
少しの希望と展望が見えた。
その瞬間に伝えられるセリフとしては、厳しい言葉。
「……フォウさん」
「はい」
フォウが自分以上に世界のことを知っているなんて十分に伝わってきたし、思い知った。
伊達に神と崇めようとなんてしていない、きっとどころかフォウの言うことを疑わずに聞き入れたなら、幸せが待っているなんて疑えない。
でも、シズはやっぱり頑固だから。
「あたしと、戦ってもらえませんか」
「え……」
「そうすれば納得……ううん、託せる気がするんです。フォウさんはきっと、これから多くの人を救う人で幸せにする人。そんなことは、十分に理解できました。でもその中に、あたしの願いは無い。ずっとずっと、夢見て、願っていたことがあるんです。それを、託せる人なのか、託していい人なのか。教えて下さい」
「……」
シズの願い。
直接聞いたことは無い、こんなことを考えているじゃないかと考えたことはあるが。
――後は、お願いしますね。
「わかりました。その勝負、お受けします」
「……ありがとう」
「勝負は明日、朝日が昇った時、わたしがデュラハンと戦っていた場所で」
「はいっ!」
かつての言葉を思い出しながら。
「遠慮は、しませんから」
「あ、あたしだって、遠慮なんかしませんっ!」
早すぎる友達喧嘩に、心を定めた。