言うまでもなくシズの狙いは魔力爆発。
「ふぐ、う、うぅううぅっ!!」
彼女にとっては自分が危険な存在で、自分が悪いと断じることになった原因そのもの。
つまるところ彼女の罪、その代名詞とも言える。
当然ながらそこに本人の意思に反してだ。シズは生まれて今の今まで一度たりとて誰かに害意を抱いたことがない。
だからこそ、だからこそだ。
誰かを傷つけても良い、傷つけるならついてみろとシズはありったけを込める。
「あっ――っぐ、ま、まだ、まだぁああああっ!!」
シズの目に浮かぶ涙は紛れもなく苦しみを表していた。
魔力の制御に苦しんでいるのではない。
傷つけたくない、こんな力を振るいたくないという気持ち、彼女がいずれ聖女と呼ばれるに足る善良さを、涙と苦しみで振り切ろうとしているのだ。
膨れろ、膨れ上がれ。
自分の全てをぶつけるのだ、受け止めてもらうのだ。
「そう、その調子ですシズさん。がんばれ、がんばれっ!」
フォウルはそんな想いを全て理解したわけじゃない。
ただシズの懸命な姿を応援したくなっただけだ。
限界を超えつつある魔力の塊が、それこそ今すぐにでも自分へと襲いかかってくるとわかっている。
だが、元より全てを受けきって勝つとフォウルは決めていた。
全てとは、文字通り全てだ。
意思も、力も、何もかもを。ただただシズがぶつけたいと思ったもの、全てを。
「は、はは……っぐ、ぅ、ふぉ、フォウさん、って、ばか、ですよね」
「バカにバカと言われるのもなんだかな、といったとこです」
「ふふ、ふ。え、えぇ、そう、っくぅ、かもしれない、です」
言葉に出来ないものが今二人の間で通じている。
片や死の断崖絶壁、片や殺しの断崖絶壁。
際に立ちながらも、確かに手を伸ばし合っていた。
「――いき、ます」
「いつでもどうぞ」
この間際においてもフォウは余裕の姿勢を崩さずに笑う。
明らかに今の自分では受け止めきれない魔力の渦だとわかっている。
確実に何らかのダメージを負うことは明らかだ。最悪死ぬ可能性があることさえも。
聖女シズと遜色ない魔力の爆発を、未だ力を取り戻しきれていない賢者フォウルが受け止めるなんて不可能だ。
――本当に?
「うあぁぁあぁああぁっ!!」
シズが堪えきれない何かを絶叫として吐き出した。
「出来なきゃ――」
あり得ないだろう、二回目、二周目とも言える人生のやり直し。
不可能という壁を乗り越えて歩み始めたこの道は。
「――生きる意味がねぇんだよっ!!」
不可能を可能にするための道だから。
フォウはシズの生み出した魔力の塊へ、腕を突っ込んだ。
霞んだ視界。
ありったけを放出したシズの視界は朧気で。
「ぐ、ぅ、ううぅううっ!!」
必死な顔をしてフォウが魔力の爆発を抑え込むため、核とも言える魔力へと手を伸ばしている。
神だと思ってしまうほどに似合っていた修道服が、びりびりと破れて舞い散っていく。
――あぁ、なんて美しいんだろう。
やりきったものの心境か、それともそんな感想しか思い浮かばないのか。
シズは傷ついていくフォウの姿を美しいと感じた。
「は、ぐ、うぁ……あぁぁぁあああぁっ!!」
バチバチと弾けるように奔る黒い閃光。
フォウの腕を伝いその肉を裂き、骨を焦がす黒の刃。
黒い、黒に染まりそうな景色の中で、ただただ白く輝くフォウの姿。
――やっぱり、神様、女神様、天使様。そんな風に、思っちゃうな。
不思議と笑みが浮かんだ。
限界を超えて注いだ魔力だ。ここでフォウが抑え込みに失敗すれば、フォウはもちろん自分だって跡形もなく吹き飛ぶ。
それは、ある意味開放とも思えるもので。
――どう、なっても、後悔ないです。
投げやりなのか、それともフォウのことを信じているのか。
自分では判断できない。
でも。
「ま、だ、まだあぁぁあああぁぁっ!!」
抑え込まれる。
そんな確信があった。
だから、笑えた。
フォウはシズのことを多くの人を幸せにできる人だと言った。
だというのなら、フォウは多くの人を救える人だと、シズは思った。
「わたしの――おれのいうことっ! ききやがれぇええええぇっ!!」
おれ?
なんて、疑問が虚ろな頭に浮かんだ時。
「あぁあぁぁぁああああっ!!」
ぽしゅん、と。
「は、あっ! はぁっ! は、ぁ……ど、どうだ、やってやったぞ、この、やろう!!」
「……ふふ」
間抜けな音が鳴って、黒い魔力が跡形もなく消え去った。
ボロボロの修道服、血まみれの腕、傷だらけの身体。
「っ!? あぶなっ!」
そんなフォウの胸元に、倒れるように飛び込んだシズは。
「ねぇ、フォウ、さん」
「喋っちゃダメですよ、魔力切れ……いや、マナロストしてます」
「ううん、聞いてください。あたしね?」
――フォウさんのこと、大好きです。
「え……」
「――すー……」
それだけ言って、意識を手放した。
「シズ……」
ぱりんと音が鳴って、フォウのマスカレイドが解ける。
男の身体に戻ったフォウルは、ポリポリと頬をかきながら。
「仲間として……いや、お友達としてなら、俺も好きだよ、シズ」