「そっちもか……!」
建築途中でナインテールの犯行予告の結果を視ていたトリューユは、ポトリー・コーポレーションの事件の報告を聞いた。
『こちらは、例のホロミーと同じ手口です。残酷さが今までにないくらいに、派手ですが』
部下が携帯通信機でつづける。
『どうします? こっち来ますか?』
一瞬考えたトリューユは、断った。
詳細な報告書を頼み、目の前の死体に目をやると、通信を切った。
「で、確かなんだな?」
彼は、鑑識が動く中を立って眺めながら、いつもの青いワンピースを着ているラクサに訊いた。
「そうだよ。ほら、見てよ」
彼女が浮遊ウィンドウの画面を向けて来る。
そこには様々なスケッチが、載せられていた。
中の一枚が目の前にある、包帯で巻かれて釘を全身に打たれた死体とそっくりだった。
ほかにも、残酷な絵が多数ある。
犯人はこれを真似たか、実行したかのどちらかで確実だった。
「投稿主は?」
「リズリー・ミートンだよ」
半ば予想していた答えだった。
バラバラ事件も、彼女のスケッチにあったものだ。
だが、そうなると犯人か関係者はリズリー・ミートンということになる。
「もう一度、洗うかぁ」
トリューユは、空あくびをした。
あからさまに、これ以上、現場にはいたくないという様子がラクサには目に取れた。
「一度、どこかの店に行こうよ」
ラクサが水を向けると、トリューユはいちにもなく同意してきた。
二人は近くのファミリーレストランに入った。
まだ開発中のファンランドに唯一経営している店で、他の施設が建設中の風景のなかで開店してた。だが、建設員らが仕事中のため、当然のように客はいなかった。
トリューユはサラダと珈琲を、ラクサはピザとコーラを注文する。
「ピザなぁ。おまえ、あの包帯の中身がどんな感じになっているか、想像してるか?」
彼がわざわざ指摘してくる。
「してないよ。そんなの気にして契約者はやってられないし」
鬱陶しそうにラクサは、答えた。
「それより、リズリー・ミートンはどうなったのさ」
「ああ、あれは、フォロイから探す」
サイロイド協会所属で、壊滅したポトリー・コーポレーションから依頼をうけていた、契約者だ。
「なぁ、ロータ・システムの中で、リズリー・ミートンの絵に興味を抱くような人間がいると思うか?」
トリューユは、素朴そうに疑問を発した。
ラクサは考えるような様子で頬肘をたてる。伊達眼鏡がわずかにずれた。
「んー、彼らはほとんどこちらには興味ないからなぁ」
「ちょっと、行ってみろよ?」
「え?」
「ロータ・システムに、直接」
「ちょ!?」
ラクサはとんでもないことをさせるなという顔を突き出した。
「そんなにビビることでもないだろう?」
「か弱い乙女に何させようとするんだよ!?」
「図太い神経もった女の間違いだ。おまえなら、やれる」
「褒めてない褒めてない、馬鹿にしてる!」
「……まー確かに、褒める気はなかった。事実を言ったまでだ」
「デリカシー持ってよ、トリューユさん!」
「デリ彼氏? そんな趣味はない」
「……面白くないです」
「そうか。残念。せっかく土産話にどうかと思ったんだがな」
「最悪な話だよ。まったく、しょうがないなぁ……」
結局、トリューユの押しに弱いラクサは、承諾したのだった。
彼女はグラス・ショットを砕き飲み、精神をロータ・システムに同調させた。
目前には、光の粒た多数浮かんで、互いに光を浴びせあう、輝きに満ちた空間が広がった。
ラクサは四方に軸索をのばし、あらゆる情報を集めてゆく。
人間たちの世間話は、地上と変わらない。
その中をすり抜けさせて、手応えのあるモノを探す。
そのうちに一つ、不思議な光球があった。
明らかに、他のモノとは違う雰囲気をもっているのがわかる。
具体的にと聞かれれば、わからないが異物がそこにある感じだった。
ラクサは、興味がわいて軸索を向けた。
だが、相手はそれを避けるように、逃げていく。
やはり、何かある。
確信した彼女は、光球を追う。
他の、凶暴そうな光の集団の中に紛れ込むのを、寸前で追いつく。
軸索で逃げ場をなくすように、囲んだ。
「……なんなの、なんの用!?」
ややヒステリックな声がラクサに届いた。
ラクサは流入してきた情報に、一瞬呆然となる。
「あんた、リズリー・ミートンかい……?」
「あんたは、やっすいプッシャーね」
悪態のような口調は想像していたより、態度が悪い。
ラクサは事件が事件だけに、もうちょっと可憐で謎めいた少女を想像していたが、裏切られたようだ。勝手にラクサ一人で。
「貴女サイロイドでしょ? どうしてこんなところにいるの?」
驚きが収まると、想像していたモノが、一つ当たっていた事に気づいた。
やはり[謎めいて]いたのだ。
「……わからないわ」
「地上に降りようとは思わないの?」
リズリーは訊かれたが、答えなかった。
代わりに別のことを喋り出す。
「こんなところにいて、変な男につきまとわれて、本当に鬱陶しい限りだわ。あたしはただ、絵を描いていたいだけのに」
「その絵だけど、見せたのは誰?」
彼女は沈黙した。
だが、意識はこちらに向けたままだ。
明らかに、リズリーは知っている。
彼女は契約したのだ。サイロイドの身の上だというのに。
人間にしれたら、それこそ、どんな目に合わせられるかわからない、禁忌だ。
それ以上に、ここにいること自体が異常だった。
ラクサはもう一度、直接たずねてみることにした。
「貴女、重要な事に目を背けてるね。気づいているんでしょ、自分が死んでいることに」
「あたしは生きてる!」
「なぜか、ここにいるだけよ。あなたの体は、何者かにバラバラにされたわ」
リズリーはその言葉に黙り込む。
事実は認識しているようだと、ラクサは思った。
「貴女、人間でもないのに誰かと契約したでしょ? 一体誰と?」
ラクサは確信を持っていた。
「……わからない。ここに来たばかりだったから……」
「データは? 足跡が残っていない?」
「ないわ。相手がすべてを消していったみたい」
玄人か。
ラクサは、近づいてくる気配を察した。
ドロップスならわかるが、それは人間の物だった。
「今日は、帰るわ。それじゃあ」
言って、一方的にリズリーから離れると距離を取って、彼女を監視した。
光の球はふらふらと、リズリーの傍までやってきた。
軸索が二つの球を結びつける。
「やっと見つけた。リズリー・ミートン!」
少年の声は、やや興奮気味だった。
「貴方は誰?」
リズリーの方は及び腰だった。
「俺は、サティーブ・ヴァーリ」
「……まさか、クラスメイトの!?」
リズリーの態度は急に上ずった。
「そうさ。おれは、君がどうなったか知っている。犯人も捜して、君をここから解放させるつもりだ」
サティーブは一気に言った。
「ここからって、どうやって……」
「それは、秘密だ。けど、必ず助ける!」
リズリーはその言葉を聞いて、一気にふさぎ込んでいた気分に、希望を得た。
「あたし、助かるのね!?」
「ああ、もちろんだ」
「貴方がやってくれるのね」
「もちろん! もう少し待っててくれ。必ず君を地上のサイロイドとして元に戻してあげるから」
その光が急に曇りだした。
深い闇のような漆黒の渦が巻く。
「サティーブ……?」
リズリーは突然に様子がおかしくなった光球に、不安げな声を投げかけた。
「あー、リズリー。また来たよ。おまえの素敵な絵を見せておくれ」
雰囲気も声質も別物の存在が、そこにはあった。
「誰!? サティーブはどうしたの!?」
リズリーは、慌てて軸索を切断しようとしたが、何重にもからめとられて、無駄に終わった。
「私だよ。君の絵に惚れた男だ」
「質問に答えてないわ!」
彼女は精一杯の勇気をだして、相手に抗った。
「彼には、帰ってもらった。なに、いつでも会えるさ。私とも友人だしな。君は犯人に復讐しなければいけない。そのためには、何をすればいいかわかっているかい?」
「友人? それ本当なの……? あたしはどうすればいいの?」
リズリーの声にやや、逡巡の感情が混ざっていた。
「ああ、サティーブ・ヴァーリだろう。知っている。それよりだ、問題の話に戻るぞ」
声はあくまで冷静だった。
「犯人に、君の存在を教えてやればいいんだ。そうすれば、相手は焦って馬脚を現す。それまで、ひたすら絵の内容を地上で再現させていけばいい。相手を追い詰めるには、最高の方法だ」 男は、わかったかとばかりに、沈黙した。
リズリーに怒りが灯った。
それは、男に向けられたものではなく、自身をここに送り込んだ相手に対してのものだ。
「わかった。好きな絵を持っていって」
男は新たに書き足していた、スケッチブックのデータをリズリーから受け取った。
「いつもすまんな」
「いいえ、復讐の為だもの」
陰から様子をうかがっていたラクサは、離れてゆく黒い光球のあとを追った。
「……何か用か、お嬢ちゃん?」
リズリーが見えなくなる頃、振り返るようにしてラクサに声がかけられた。
すさまじい圧迫感。
本能的な恐怖が、ラクサを襲う。
「貴方は……?」
せいぜい、虚勢を張るので手一杯だった。
「私は契約者だ……あのまま姿を消して逃げてたら、標的にするところだったのだがなぁ……」
片頬をつり上げる様子が手に取るようにわかる。
軸索も接触させていないのに。
「じゃあ、あのバラバラ死体も、包帯に釘を打ったのも、貴方ということね?」
「とんだ言われ無き誤解だ。私がそんな事をするはずがない」
「じゃあ、どうしてリズリーにあんなに親しげに?」
「リズリーはいい子だ。私はあの子のファンでしかない」
「復讐するって言ってたわ」
「リズリーの立場を考えてほしいな」
相手はあくまで冷静だった。
「立場?」
「そう。サイロイドがロータ・システム内にいる。これだけで、事件だ。彼女がドロップスにでも見つかると、削除されるだろう。彼女はここに存在する。その意味するところはなにかを」
「単なるロータ・システムのミスじゃないの?」
「違うな。ロータ・システムは選んでリズリーをここに引き上げたんだ」
「何のために?」
「ドロップスが関わり合っている。契約は元から違法なんだが、ロータ・システムは一向に無くならないそれを、一掃しようとしているんだよ」
「それとリズリーに何の関係が……」
「リズリーは、サイロイドだ。契約を行う側だ。彼女がロータ・システム内にいるということは、ロータ・システムがそれを利用しようという腹が有るということだよ」
ラクサはまさかというように、眉をしかめた。
「それって、リズリーを使ったサイロイドの大量殺人……?」 「その通りだ。ロータ・システムは、せいぜいリズリーの呪いとして憂さを晴らせば、サイロイドとの接触を閉じようとしている」
「どうして……?」
「我々は、君たちサイロイドのオモチャじゃないんだよ。オモチャは、おまえらサイロイドの方だ。ちょっと、遊びすぎたと、ロータ・システムも考えたようだな」
長々と喋ったとばかりに、黒い光球は、その場から滑るように他の光の中に移動していった。 ラクサは、意識を降ろして我に返った。
目前では、四つほどの小さな浮遊ディスプレイを広げて唸っているトリューユがいた。
少女の様子に気付いた彼は、顔を向けてきた。
「どうだった?」
ラクサは起こったことと黒い光球との会話をすべて話した。
ディスプレイの一つでニュースが流されており、ポトリー・コーポレーションの事件も取り上げられていた。
曰く、リズリー・ミートンの呪いと。そして、ロータ・システムのドロップスは、今回の連続殺人を遺憾に思い、今後サイロイドとの契約を考え直し、現行の契約者とも履行を差し控えることを視野に入れていると報じた。
「呪いか……」
「このニュースは、聞いた話とは逆のことを言ってるね」
「で、サティーブ・ヴァーリという同級生が出てきたか」
「うん。でもあいつ、なんか暴走しそうで……」
「大丈夫だ。身柄は確保する」
「……何を調べてたの?」
ラクサは、四つもの大仰なディスプレイを裏から覗く。
「ああ、ホロミー・イェーズを調べていた」
トリューユは言って、それぞれの画面を向けてやった。
「共通点が見つかった」
「おお、さすが! どこ?」
「全てイーハル・ファミリーの都合が悪いところが襲われたんだ」
「イーハル・ファミリー……? でも、表立って動いた様子は、他のファミリーからから聞いてないよ?」
どういう人脈を持っているのか、ラクサは疑問を呈した。
「だから、多分、外部団体だろうな。イーハル・ファミリーのと事といえば、ミツキ事務所だ」「なるほど。で、これから出向くと?」
「いや、出るのは後でいい。考えたんだが、この情報を、サティーブ・ヴァーリとミツキに流す」
ラクサは醒めた目をトリューユに向けた。
「悪党ですなぁ」
「なんとでも言ってくれや。俺は、事件を解決させればそれでいいんだ」
ディスプレイの詳細を読んでいたラクサは、ふと気付いた。
「イーハル・ファミリーだけでなく、リロンゾ・ファミリー関係あるねぇ。イーハルにリロンゾが絡んできてるみたいだ。まだ、イーハルは具体的に動いちゃいないけども」
「まー、その通りなんだがな」
歯切れが悪いトリューユ。
眼鏡の位置を直し、ラクサは訊いた。
「幾ら?」
「何がだ?」
とぼけるトリューユに、ラクサはさも見下した風な顔を作った。
「幾らもらったかきいてるんだよ、兄さんよぉ?」
「……そりゃ、少しは上納金としてもらってはいるが……」
「ほぉ、上納金? ほぉお」
嫌味ったらしく、ラクサは頷いた。
「このファンランドの開発には、ウチも手を突っ込んでいるんだ。ちなみに金はすべてその名の通り、上に行った」
「情けねぇ……」
「なんとでも言えや」
「とにかく、計画は実行だ」
この間、トリューユはディスプレイに何か文字を打ち続けていた。
今更な話だった。
匿名でミツキのところにメールが送られてきたが、リズリーとサティーブの点など、把握ずみだ。
リズリーの呪い。
この言葉は、昼のテレビでも放送されていたので、真新しいものでもない。
「しっかし、警察もよく調べたもんだねぇ。ウチがやったってところまで来てるんだから」
ミツキが、ソファーで呑気にディスプレイを眺めながら言った。
「呑気だな」
イロイはぽつりと呟いた。
「警察なんて、どうにでもなるんだよ」
余裕ぶってミツキは応じる。
「何も背負ってない堅気が、一番厄介なんだよなぁ。このメールはある意味、催促だろうしなぁ」
「背負ってないなら、遠慮なく相手できるだろう」
ミツキは目を細めて、イロイに笑んだ。
「それは、君だけの話だろう。あたしには色々あるでしょう?」
イロイは鼻を鳴らして、黙った。
ミツキにはこの事件の解決は、一つの方法しかないと思った。
できるかどうか、試してみる価値はある。
だが、二度とこの事務所に戻ってこれないことになるかもしれなかった。
「イロイ」
「……なんだ?」
「あんた、ここに愛着とかある?」
「憎しみしかないね」
当然のように少年は口にする。
「……そうだろうな」
イロイはもともと、孤児だが中流の生まれだった。
それが面白半分のグラス・ショット契約者に両親を殺されて、孤児になった。
彼はそれから組織に出入りしながらあらゆる剣術道場に通っていたのだった。
道場といっても、大抵は実践付きで組織の実行部隊であることが多い。
仇は未だに見つからないが、契約者にもグラス・ショットにも嫌悪感は強い。
だというのに、ミツキとつるんでいるのは、彼女が今世紀最大の連続殺人鬼との契約者だったからだ。
彼の憎悪は、仇を超えてサイロイドに対するものにまで広がっていた。
「とりあえず、やってしまうかあ」
彼女は伸びをして、立ち上がった。依頼人の件もある。
陽はすでに傾きかけている。
イロイが、定位置から玄関に向かってゆっくりと動き出した。
ミツキは、そのあとから外に出る。
ドアにカギを掛けて、道路に歩を進めると、中古でオンボロの車に乗った。
向かったのは、イーハル・ファミリーの本拠地だった。
構成員たちに丁寧に案内されて、ラージフォルと対面した。
相変わらずの和室で、三人だけだった。
それだけ信用されているともいえる。
「で、今日はどうしたね、ミツキ」
お茶を手にして、ラージフォルは好々爺然としている。
「あのですね、お願いが」
「どうした、ハッキリいいなさい。おまえの願いなら、大抵のことはかなえてやるぞ」
「ありがとうございます。実は、お金を貸て頂たいのです」
「ほう、幾らかね?」
「5億Eドル」
「それはまたデカい金だな。それでどうするつもりだ?」
「土地を買います」
「……わかった、いいだろう。ちょっと待ってろ」
ラージフォルは、襖の向こうに声を掛けた。
暫くたって、開いた廊下からアタッシュ・ケース五個を持った若い構成員が三人表れ、ラージフォルの目の前に置いた。
「中身を見るか?」
「いいえ。必要はありません」
ラージフォルは微笑んだ。
「これは、ポトリー・コーポレーションを潰した礼金だ。帰す必要はない」
「……ありがとうございます」
ミツキは深々と頭を下げた。