車を運転できず、タクシーを呼ぶ手持ち金も持っていなかったイロイは、ミツキを担いで、歩道をひたすら歩いていた。
ズシリと重い少女の体を、一歩一歩踏みしめながら彼は進む。
太陽は、下降線を描きつつあった。
「まるで、二年前の頃みたいじゃないか……なぁ、ミツキ」
イロイは荒い息を吐き、苦笑しつつ独白した。
まだ、イリーハル・ファミリーとは関係がなかった頃、彼らはつるんで、今と同じ仕事を、貧民窟で行っていた。
イロイは、古武道の師範のところに個人的に通い、死ぬほどに打たれて帰ってきては、不機嫌にミツキの作ったご飯をもらいに来ていた。
ミツキは同じ地域の人々から、悪魔の子と呼ばれながらも、様々な犯罪者と契約を結び、グラス・ショットを摂取していた。
地獄のようなグラス・ショットの能力を使った現場で、自らの行いに嗚咽し吐くミツキとイロイが道を帰ろうとすると、それまで道路にたむろしていた連中はみな姿を隠し、聞こえるように陰口を投げかける。
そして、中には石を投げて、嫌悪感をあらわにする者たちもいた。
仕事帰りの二人は、抵抗するような元気がなく、罵声と石が飛んでくる中を、自宅の小屋までとぼとぼと歩いて帰った。
ボロい小屋は一度ならず、いたずらや火を付けられて、そのたびに住居の場所を変えた。
「今日はうまくいったぜ?」
包丁の能力で血まみれになりながら、ミツキは仕事のたびにイロイを振り返り、笑って見せる。
いつかこの場所を出る。そんな希望を抱いてる笑みだった。
結局は、イリーハル・ファミリーの利権に手を出して、命と変わりにその組織に属すという条件で、貧民窟から抜けてきたが、あの頃の笑みはまだ、時折ミツキは見せていた。
それがなくなったのは、ホロミー・イェーズと契約してからだ。
前面に伸びた影が三角の形を作っていた。
その頂点から、ミツキの手がそこに向かって伸びている。
イロイは急に不機嫌になりながら、道を歩いた。
ネットワーク・ステーションで一室を陣取ったサティーブが、早速ロータ・システムにアクセスしていた。
朝から実験を繰り返しているが、うまくゆかない。
彼は、ロータ・システムから干渉し、サイロイドの体を乗っ取ろうと試行錯誤しているところだった。
意識を圧縮して、そこに自分の意思を入れる作業だ。
だが、どうやっても、不格好な操り人形じみた動きしかできない。
いっそのこと、生きたサイロイドではない者を利用しようか。
そう考えていた時、個室ブースのドアがノックされたのがわかった。
サティーブはロータ・システムと接触を断った。
「どうしました?」
彼は椅子に座ったまま、ドアを見つめて声を投げかけた。
「開けてくれますか? 重要なお話があります」
警戒心のサイレンが緊急でサティーブの頭の中、鳴り渡る。
「どちらさん?」
机の上にばら撒いていたグラス・ショットをまとめて、右手に握り、一錠を口に含む。
答えはなかった。
気配も消えている。
サティーブはしばらく時間をおいて、ネットワーク・ステーションから道路にでた。
するとそこには、似た顔をした二十代前後の男が三人、黒いスーツを着て、彼をまっていたようだった。
男の一人が、近づいてくる。
「こんにちは、サティーブさん」
笑顔だが、口調は棒読みで一切感情の無いものだった。
サティーブはすぐに察した。
ドロップス。人間界の取り締まり機構。
彼は奥歯のカプセルを迷わず噛み砕いた。
とたん、先頭にいた一番近くの男のが顔面に数発の銃孔が開き、後ろのめりに倒れた。
それを見ていた残り二人は、ゆっくりと近づいてきた。
サティーブは、もう三錠、グラス・ショットを口にして、二人目に拳銃の能力を見舞った。
最後の一人に彼は向き直った。
「動くなよ。同じ目に合いたいか?」
「構わない。別の者が、君を処理するだろう」
ドロップスの男は、淡々と言いいつつ、サティーブに懐から抜いた拳銃を向けた。
カプセルを砕く。
拳銃は、一瞬にして吹き飛ばされた。
「あんたらに少し用がある。来てもらおうか」
サティーブは、男を先に進めて、ネットワーク・ステーションに再び戻った。