うちのリビングで、暗い顔でソファに座って悩んでるアイドルふたり。
というか、片方は暗い怨念のオーラを背負っており、片方はテンパっている。どっちがどっちとか言わないけど。
「俺たちまでいなくなったら……事務所はどうなるんだ。社長以外誰もいなくなるんだぞ? 今後もし誰か入ったとしても、仕事できるとは……」
「蓮くん」
頭抱えて悩む蓮くんに、ママがなんか呆れたような調子でその名を呼んだ。
立ち上がり、足を肩幅に開いて腕を組むママ。圧が、圧が凄い!
これはヤバいやつだよ!
「蓮くん、あなた15歳の分際で他人の人生まで背負おうなんておこがましいわよ」
おこがましいわよ、と言われて蓮くんがびくりと身をすくめる。
聖弥さんはその隣でうんうんと頷いている。
「社長は大人!! こどもに支えられなくてもなんとかするのが大人なの。それができないなら、ただのヒモよ。成人女性ならともかく未成年に寄生したらヒモと言うよりクズ。
社長があなたたちの人生を心配するならともかく、その逆は不必要!」
ママのでかい声にリビングのガラスがビリビリ震える。「ガラス割る高音」と言われてるだけのことはある!
それなーーーーーーーー!
私も傍観しながら蓮くんお人好しすぎないか? と思ってたわ。
蓮くんは、ママに一喝されてハッと目を見開いていた。
この世の真理に気づきました! みたいな顔で急に立ち上がってる。
「そう言われるとそうですね!? なんで俺、あのダメ社長の心配までしてたんだ?」
目から鱗が落ちたんだな。急に憑き物が落ちたようになってるよ。
「あの人がダメすぎるからだと思うよ」
私がぼそっと言うと、聖弥さんとママはうんうんとそれに同意する。
「蓮は結構お人好しだから」
「蓮くん、身内に甘いわよね」
「いや、そこは切り捨てられる聖弥が思い切りすぎじゃねえ? ……とにかく、さすがに俺もゆ~かに何千万も使わせてるのに、社長の支援が何もないのはおかしいと思う」
「えっ! 何千万も使わせてるの!? それは蓮がヒモレベルじゃ?」
「武器と防具とポーション類と訓練道具だけだよ! 武器が100万で防具が900万だから、1千万ちょい越えたくらいだよ。私の防具の方がお金掛かってるし」
聖弥さんが私を生ぬるーい目で見てくる。蓮くんは改めて「社長が全然お金出してないのに私が凄い金額掛けてる」事実にセルフ打ちのめされてソファの上で打ち上げられた魚みたいになっていた。
「ユズが一番甘いわね……そもそもあの社長がうちに来たとき、ユズに蓮くんとユニット組んでくれって言われて私は断ったのよ。それを受けたのがユズだしね」
「このご恩とこの金は、一生掛けて返します……」
「いや、返せとか言わないから! 私は同じ配信者として、SE-RENがこのままだとヤバいしそれは可哀想って思ったから手を貸しただけだよ。見返りを求めてるわけじゃないからそれは憶えといて。
それに、私だって全部の人を助けようとかそういうことは思ってない!
蓮くんと聖弥さんの場合、目の前で危ないところに遭遇して、それを助けちゃったんだからその後が気になるのは当たり前でしょ?」
ぬるい眼差しで頷くママと聖弥さん、そして私を拝む蓮くん。なんだこれ。
「結局余裕があるのよ、ユズは。体力的にもお金的にも、その他いろいろも。冒険者科に入ったのはテイマーになるためだったけど、それはもう叶えちゃってるでしょ。高校3年間は回り道しても、もう誤差でしかないのよ。……そこでひとつ提案があるの」
――ママが突然切り出した「提案」は、私たちをひっくり返るほど驚かせた。
ママの提案騒動の後、蓮くんと聖弥さんはボイトレに。私は動画編集の続き。
あとちょっとで1本は終わるからね、ちょうどよく聖弥さんがいるから見せようと思って。
今回は字幕もいらないし、BGMを切り貼りする必要もないし、あんまりエフェクトに凝る必要もないし、楽と言えば楽だよ。普段の動画編集の方が10倍くらい時間掛かるね。
「よし、でーきた!」
2窓で同じ編集ソフト動かしてたから、片方を書き出してる間にもう1本も仕上げる。構成的には全く同じで、使う素材が所々違うだけだから、本当に楽!
「この間撮ったMVの編集できたよー。見る?」
防音地下室に顔を出したら、3人が同時に「見る!」って振り向いた。
「ちょっと待って、今非公開でアップしてくる」
ourtubeにアップしちゃえば、ママのタブレットから私のアカウントで入って見られるし。
手慣れた作業をちゃちゃっとして、再び練習室へ。
ママのタブレットを操作して私のアカウントでログインし、非公開になってる動画を再生。
私は何度も見てるやつだけど、他の人に見せたのは初めてだから、ちょっと緊張するね。
3人は無言で一度MVを見て、それから口々に興奮してしゃべり始めた。
「蓮くん! やっぱりいいじゃない! こうして動画になると生で見たのと全然違うわ!」
「ゆ~かちゃん、歌もダンスもうまいね!? 僕たちより全然上だよ」
「凄いな! もう本当にこのままアップできるし、前のより完成度高いだろ!」
「褒めよ! 讃えよ! トレーニングしながら作ったんだから!」
「これ、今日の生配信の中でカウントダウン公開しない? 絶対反響でるよ」
聖弥さんがそんなことを言い出した。カウントダウン公開! それは楽しそう。
こそっとアップして「アップしました」って告知するだけのつもりだったけど、その方が絶対盛り上がるね。
というか、シリアスすぎる前置きがあるから、このくらいお楽しみがあった方がファンの人は報われるよね。
「おっけー! SE-RENのアカウント、名義は蓮くんなんだっけ。そっちでログインして予約投稿するよ。20時半でおけ?」
「うん、そのくらいがいいかな。蓮、LIMEでIDとパスワード送ってあげて」
「わかった。――てことは、ゆ~かチャンネルにも同時に公開するのか?」
「予約だからそれもできるね。そうしよっかな」
「じゃあ、SE-REN(仮)の活動の締めくくりと、僕たちの告知ってことで、ゆ~かちゃんもゲストで出演ってことでいいかな?」
「うん、いいよー」
私は気づかなかった。
聖弥さんが王子様フェイスの下に隠し持ってる策士の顔に……。
さくっとオッケー出しちゃった後にあんなことになるとは。
そして、後に「由井の変」と呼ばれる大事件が、この後始まる――。