昼ご飯の最中に、蓮くんから突然の連絡があった。
今夜SE-RENが配信するって。……えっ、何を?
「配信って、何やるの?」
『わからない……』
いや、わからないって、当事者が何を言っているのかね!?
私がぽかーんとしていると、続けてメッセージを受信。
『聖弥が重大発表があるって。復帰宣言かと思ったんだけど、内容聞いても教えてくれなくて』
「こわ」
『何故かゆ~かの家でやることになったから』
なぁぜなぁぜ!?
そこはもう本当に「何故」だよ。
慌ててママにLIMEで聞いてみたら「そういうことになったのよ」とだけ返ってきた。これは……ママが何か絡んでるな。
蓮くんが内容を把握してない配信。
しかもうちでやる。ママPが絡んでるってことだから、SE-RENの今後の活動に関することは間違いない。
そういえば……。
「ママから、念のため学校終わったらダンジョンに行かずに一度帰ってこいって言われてる!」
『こわ』
多分今私と蓮くんは、見事にシンクロしてると思う。
「どうしたの? イルカアタックを食らったフグみたいな顔になって」
一緒にお弁当を食べていたかれんちゃんに、よくわからない喩えをされた……。何故かすかさず彩花ちゃんが私の顔を撮影してる。
かれんちゃんは魚介類が好きだねえ……、サカバンバスピスといい。
イルカアタックを食らったフグはわかるよ。でも、人間の顔ってああはならぬよな!
「ええ~、それどんな顔? 人間に復元可能な奴?」
「こんな顔~」
彩花ちゃんが私に画像を見せてきた。
お、おお……確かになんか口開いたままびっくりした顔だわ。
「それ、消してよー」
「やーだ。ゆずっちフォルダに入れておく」
「他人には……他人には見せてはならぬ……」
「だいじょーぶ、他人に見せないから。ボクだけの楽しみ~」
にまにまと彩花ちゃんはスマホを操作して、私の写真を振り分けしたみたい。てか、私専用のフォルダとか作ってるんだ。どういう趣味だ。
「SE-RENが今夜配信するんだって。しかもうちから。で、蓮くんは何を配信するのか知らないんだって」
私がイルカアタックを食らったフグの顔になった原因を説明すると、かれんちゃんと彩花ちゃんは「こわっ!」と口を揃えた。
あいちゃんだけが右手に箸を持ったまま左手でスマホを弄っていて、半目になってる。
「X‘sでは告知されてるよ。しかも由井聖弥のアカウントから。それを蓮くんが引用してる」
「あ、私蓮くんフォローしてないんだった」
「お互いをフォローしてないユニットってある意味凄くない? 期間限定とはいえ」
呆れられました、ぐう正論。でも忘れてただけですー。今のうちにフォローしておこう。
妙な胸騒ぎを感じつつそれ以上の情報が得られないので、私は家に帰るまでSE-RENの配信のことは考えないことにした。
聖弥さんに聞く?
そんなこと、怖くてできない……。
帰宅して動画を編集していたら、蓮くんと聖弥さんがやってきた。
まだなんとなく「怖いなー」と思いつつリビングに降りて行ったら、ソファに蓮くんと聖弥さんが並んで座ってて、反対側にママが座っている。そして「ユズはここ」と問答無用でママの隣を指定されました!
こわーい!
「先に一言断っておくけど、今回の件は私は何も口出ししてないからね。聖弥くんがご家族と相談した上で決定した措置よ」
ママの前置きが既に不穏なんですが! 措置って何!?
私と蓮くんがガクブルとしていると、聖弥さんがちょっと怒りを含んだようにも見える顔で切り出した。
「アルバトロスオフィスとの契約を解除する旨の退所届を、今日の朝一番に内容証明郵便で送ったんだ」
「えっ」
「事務所辞める!?」
聖弥さんの爆弾発言に、私と蓮くんが思わず前のめりになる。
あれ? 蓮くん聞いてなかったのかな? 学校一緒じゃなかったの?
「蓮くんも聞いてなかったの?」
「お、おう……聖弥に訊いても『後でまとめて話すから』って言われて」
「それはごめん。僕もさすがに、精神的に何度も説明したい内容じゃなくて」
うっわーーーーーー。
空気が重い!!!!
「社長、僕が救急搬送されたときに一度来ただけで、入院中も自宅療養中も一度もお見舞い無かったし、お詫びはあの辰屋の羊羹1本だけだったし、もちろん入院費の負担とかも一切無かったし。
僕も苛ついたけど、両親がブチ切れちゃって」
えっ、辰屋の羊羹って、アホウドリ社長がうちに持ってきたけど、「蓮くんの家と聖弥さんの家に1本ずつ」ってママが蓮くんに無理矢理持たせたあれだよね?
つまり、アホウドリ社長は実質聖弥さんには、何もしてないってことなの!?
それは、あまりにも酷い!
「蓮くんと聖弥くんの親御さんとは、LIMEで繋がってるのよ。それで、聖弥くんのお父さんが事務所との契約を結んだときの契約書から、一方的に契約関係を破棄する方法を割り出して、内容証明郵便でアルバトロスオフィスに退所届出したって連絡来たの。
それが、今日の午前中ね」
「今までもずっと思うところはあったけど、今回のことで完全にあの事務所でやっていくのは無理だと思ったよ。
そこへゆ~かちゃんが昨日アポイタカラを持ってきてくれただろう? ――つまり、ゆ~かちゃんからの武器防具の支援があるだけで、僕も蓮も最大の目的であるステータスアップと知名度アップが確実にできる状況になったんだ。
社長よりゆ~かちゃんの方がよっぽど頼りになるって親も言っててね」
あれー? もしかして、この騒動の原因って私!?
……違う違う、大本はアホウドリ社長だよね!! あればっかりは私も庇う気にならない。
「で、でも、それじゃ俺はどうしたいいんだ? 聖弥が抜けたらSE-RENは……」
悪いのはアホウドリ社長だー、って開き直れた私が足を組むほど態度でかくなったのに比べて、蓮くんは真っ青になってる。やっぱり苦労性ネガティブだよね。
「蓮も辞めるべきだ。今回の一番の肝は、『お互いの信頼関係を著しく損ねる行為』っていうところだから、あの時一緒にダンジョンでピンチになった蓮にだって十分な理由になる。――そもそも、僕はもうあの社長をひとかけらも信頼してない」
聖弥さんの声が……ブリザードだ。背後にダイヤモンドダストが見える。
嵐の予感は微妙に感じてたけど、こんな冷たい嵐が吹き荒れるとはさすがに思ってませんでしたよ……。