第83話 由井の変

「こんばんワンコー! SE-REN(仮)とSE-RENの配信、はっじまっるよー!」


 私が参加することになってから慌ててX‘sに「出ます。重大発表あります」と告知を打ち……。


『こんばんワンコー』

『こんばんワンコー』

『聖弥くんだー、久しぶりー!』

『こんばんワンコー』

『SE-RENやっと揃った』

『重大発表って何?』

『配信久しぶりー』

『ゆ~かちゃあああああああん!!!! こんばんワンコーー! 会いたかったー!!!!』


 完全にコメントがSE-RENファン(?)の人と私のチャンネルの人で割れてるな。ひとりだけすっごい私の強火担がいるけど。


 聖弥さんの重大発表は退所届出しましたってやつだけど、私と蓮くんの重大発表はMV発表なんだよね。

 この温度差よ……グッピー死んじゃう。


「こんばんはー。みんな久しぶり~」

「こんばんは」


 にこやかにカメラに向かって手を振る聖弥さん。爆弾を抱えてるように見えない怖い人。

 それに対して蓮くんは目の端がピクピクしてる。


「今日は突然の告知なのに見てくれてありがとう! さーて、今日の配信ですが、ドドン!」


 私はスケッチブックを取り出して、「1・聖弥さんの重大発表! 2・SE-REN(仮)重大発表! ○○作ったよ!」と書かれた面を見せた。


『重大発表2つー!』

『何を作ったんだ、何を』

『楽しみな気持ちと怖い気持ちが』


 こっそりと胃を押さえる蓮くんを隠すように位置取りしつつ、私は「じゃあ、早速ですが聖弥さんどうぞ」と話を振った。

 今日はスマホのカメラをママが操作してる。いつもはズームしたりとかしないんだけど、今日は使った方がいいだろうってことで。


「由井聖弥です。この度は、僕が怪我をしたことでみなさんにご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」


 カメラに向かって真顔でお辞儀をする聖弥さん。コメントは『もう大丈夫?』『聖弥くんのせいじゃないよー』『うん、心配したよー』とか聖弥さんを案じるものばっかりだね。

 SE-RENファン、人数は少ないけど温かいな……。本当に、社長さえまともだったらよかったのに。


「両親とも相談して決定したことですが、僕は本日付でアルバトロスオフィスを退所しました」


『えええええええ』

『ええええーーーー!?』

『退所!?』


 多分予想外だったんだろうな。コメントが阿鼻叫喚だ。中には釣られて驚いてるだけの人もいるだろうけど。


 聖弥さんはカメラに向かって、ぴらりと1枚の紙を見せる。用意いいなあー。


「これが、僕がアルバトロスオフィスに所属契約をしたときの契約書です。

 注目していただきたい点はここ。

『甲、乙共に契約関係を損ねる重大ながない場合、一方的な契約破棄はできないものとする』という部分があります。

 これはおそらく乙――僕たちがスキャンダルを起こしたりしたときに一方的に事務所から解雇宣告をするための項目だと思うんですが、その逆もまた当てはめることができます。

 未成年の僕たちに保護者的な人物を付けることもなく危険なダンジョン配信を強要し、更には怪我を負った際にも十分な補償や見舞いなどがなかったことは、『契約関係を損ねる重大な瑕疵』と判断します。これを社長が受け入れなかった場合、法の場で争うことも辞していません。

 ちなみに、僕が怪我をした当日はゆ~かちゃんのお母さんが社長を叱りつけたため慌てて病院に飛んできましたが、それ以降は一度の見舞いなどもなく、蓮経由で辰屋のお詫び用の羊羹が1本来ただけです」


『十分な補償がなかった!?』

『社長、頭までアホウドリなの!?』

『ああ、あれ凄かったなあ。その場にいたけど』

『逆にどんな補償があったの』

『辰屋の詫び羊羹1本で済むレベルじゃないぞ……』

『ゆ~かママ、強いな』


 聖弥さんがアップで映ってるので、コメントでみんなの反応をまったりと眺めてる気楽な私ですよ。半目になってるけど。

 法の場で争うことも辞していません、かぁ……。高校1年生が普通口に出す言葉じゃないよね。

 親が弁護士って怖いねえ。


「これを事由にして、本日退所届を内容証明郵便で事務所宛に発送しました。これをもって、アルバトロスオフィスを退所しましたことを報告いたします。

 ――で、今この場で蓮にも同様の退所届を書かせます」


 最後だけ何故か笑顔になる聖弥さん。

 この人、怒らせちゃいけない人だ……。


『退所届記入生配信とな』

『社長のHPはもう0よー』

『もう引導渡してやれ』


 ここでカメラが引いて、元の画角に戻る。半分目が死んでる蓮くんが、聖弥さんが用意してきた用紙とペンを持ってテーブルの前に座る。


「はい、これ僕の書いた退所届の写し。名前だけ変えて丸写しすればいいから」

「わ、わかった……これ、書き間違えたらどうする?」

「10枚くらいコピーして持ってきてるから大丈夫だよ!」


 これは……BでLなジャンルで言うと、聖弥さんが左で蓮くんが右な立場だね……。詰めの甘い蓮くんに比べて、聖弥さんが用意周到すぎるんだわ。


「あ」


 思い出したことがあってつい声を出してしまったら、蓮くんと聖弥さんの目がこっちに向く。

 これは……きっと勘違いさせたままにしておくとよくない案件だよねえ。


 そろりそろりと私が挙手すると、聖弥さんが「どうしたの?」と尋ねてくる。うん、この人、当たりは柔らかいんだよね。

 初対面時に「アイドルって口が悪くてもやれるの?」って言われた蓮くんとは確かに反対。


「ひとつ、大変な補足があります……」


 言いたかないけど言わなきゃいけないやつだよ。気が重くなるね。


「さっき聖弥さんが言ってた『辰屋の羊羹1本だけ』の話ですけど、実はあれ社長がうちに持ってきたやつなんです。杉箱に2本入ってて、お詫び1割お願い9割くらいの感じで謝罪に来て。

 で、私は食べたいって言ったんだけど、ママが蓮くんと聖弥さんの家に1本ずつって蓮くんに持たせたものなの。

 つまり――」

「社長は、実質俺たちには謝罪も補償もなーにもしてません」


 私の言葉の後を、退所届書きながら蓮くんが引き取った。うん、そういうことだね。


『あほかぁぁぁぁぁあ!!』

『社長!』

『ゆ~かもそこで食べたいとか言うな。突き返せ!』

『今すぐやめていい! 俺たちが証人だ』

『とんでもねえ暴露配信になった』


 ピキッと青筋立てる聖弥さん。青筋も立つね。唯一のお詫びだと思ってた羊羹が実はうちから回ってきたものだなんてさ。

 コメント欄が再び阿鼻叫喚だ。


 でも、これでいいんだよ。SE-RENは正当な理由をもって退所して、アルバトロスオフィスはタレント所属0のオフィスになって、しかも社長のしでかしが同接4000人の前で明るみに出た。


 しかも、内容が内容だからこの配信、アーカイブで見る人がたくさんいてバズるよ。


 社長、終わったね。