翌日から、私は蓮くんと一緒に「あらゆる」特訓をすることになった。
まず日課の走り込みwithヤマト。ステータス補正の関係で、村雨丸を蓮くんが背負い、ロータスロッドを私が背負う。これで蓮くんが走れる距離はかなり上がった。
私はまだLV9まで猶予があるからね、もう後がない蓮くん優先だよ。
ヤマトのリードを持った蓮くんは、「うぎゃああああ!」って悲鳴上げながらも、ちょっと嬉しそうだ。加速ペースにまだ体が慣れないやら、ヤマトが可愛いやらで混乱してるっぽい。
物凄いスピードでランニングして、終点は我が家。蓮くんに上級ポーションを飲ませて、体は温まってるからストレッチとボイトレ。後はひたすら歌とダンスの練習。
「頑張って! ダンス練習はAGIとVITが上がるわよ!」
「ママ、それどこ情報?」
「掲示板!」
時々真偽不明の情報に踊らされたりしつつ、「今の蓮くんよりちょっと上」を目指してレッスンは続く。
私は全然上なんだけど、「蓮くんに合わせる」のが練習の目的だ。蓮くんと聖弥さんは同レベルだったからこそぴったり合った。私は元が上手い分、うんと意識してやらないと悪目立ちする。そこの調節が大変。
だって、同じ配信者として今の蓮くんと聖弥さんの状況を見過ごせないって決めたのは私なんだもん。それに、私自身が芸能人になりたいわけじゃないんだから、蓮くんを支える側に回るのは当然だし、それも期間限定のことと決まっている。
昨日、ハモリを入れて初めて歌ったときママは拍手をくれたけど、それは「よくできました」じゃなかった。
私と蓮くんが、担うべき役割をちゃんと認識して、そのように動き始めたことに対する「お褒めの拍手」だったんだ。
あー、聖弥さん早く戻ってきてくれないかなー! 私もっとヤマトとダンジョン行きたいんだけど! でも怪我人に無理させられないし! キエー!!
そうだ、そういえばヤマトはどうしたいのかな。従魔である以上はダンジョンで戦いたいのかな? それとも、案外飼い犬に満足してたりして。
うちでのレッスンが終わって蓮くんがロータスロッド背負って帰った後、夕飯作る手伝いをしながら私はヤマトのことについてママに相談してみた。
冒険者として相談するべきはパパなんだけど、パパはテイマーじゃないし動物についてもそれほど詳しいわけじゃないんだよね。ここはやっぱり、動物大好きのママの方が適役だと思う。
「ヤマトがどうしたいか、ねえ……」
ジャガイモの皮を剥きながらママはうーんと考え込む。
ヤマトは今日はたっぷりと走ったので、ご飯食べたらへそ天でおやすみしてしまった。「飼い犬の幸せ満喫してます!」って顔してたけど。
「ユズはどう思ってるの? そもそも、『ヤマトはどうしたいんだろう』って思ったのは、何かヤマトの態度について思うことがあったからなんじゃないの?」
「どうだろう……ヤマトは毎日楽しそうだよ。特に村雨丸背負って走るときは凄く嬉しそう。ディスクで遊んでるのも楽しいって顔してるし。
でも、ヤマトってよく考えたらただの柴犬じゃないじゃん? いつも見た目のせいでただの犬みたいに思っちゃうけど、ヤマト自身は今の扱いで本当に満足してるのかなあ、って」
「少なくとも、ヤマトはユズと一緒にいて幸せそうにしてるわよねー。……ヤマトが、今の生活とダンジョンでの戦い、どっちをより『本来の自分』と思ってるのかはわからないけど、今度ダンジョンで戦ってるときによく観察してみるしかないんじゃない?」
「あー、テイマーの知り合いがいたらなあ。こんな時に相談出来るのに」
「テイマーの知り合い、ねえ……従魔の幸せって、やっぱりマスターと一緒にいることじゃないかしら」
あっ!?
今、なんかママが核心に迫るようなことを呟いたぞ!?
「従魔の幸せは、マスターと一緒にいること……その発想はなかった」
「だって、わざわざ【従魔】って表示されるのよ? 『従って』るのよ。ダンジョンのモンスターって、大体は目的もなく暴れてるように見えるじゃない?
それがマスターを得た途端に行動原理ががらって変わるのよ。これって実は大変なことでしょ」
そうだよ。
ちょっと本能のままに人に襲いかかるヤマトって想像つかないけど、モンスターは人を襲う。理由はわからないけど、人に対して攻撃してくる。
もしかしたら、縄張りであるダンジョンに踏み込まれてるからとか理由があるかもしれないんだけど、少なくとも今のところそれは人間の理解の外。
でも従魔は人を襲わない。マスターに付き従って、その命令で、あるいは従魔自身の意思でマスターを守るために戦う。
ヤマトに振り回されて転んだことはあるけど、ヤマトは私に危害が及ぶようなことはしたことがない。むしろ、あの無差別殺戮モードは周囲のモンスから私を守るためにやってるんだとすると、それはそれで説明が付く。
よし、MV取り終わったら、私もLV10になってもいいように特訓の量を増やそう。そうしないと、いつまでもヤマトとダンジョンに行くことができない。
ラッキーなことにその頃には防具もできてるから、ステータスの底上げがもっとできて、ハードな特訓もよりこなせるはず。
ご飯の後、クッションで寝てるヤマトをじっくり見てみた。
手が、おばけ手になってる手が時々ピクってしてる! 可愛い!
そのお手々を握って肉球を触ってみたけど起きる気配無し。肉球は、うちに来たときよりちょっと硬くなったね。道路を走ってるからしょうがないな。
「ヤマトは、私次第なんだよね」
その後、私は自分の部屋で金沢さんに教わった呼吸法をひたすら練習した。
――残念ながら、まだ露は現れないけど。