「この黒パンは普段お前が口にしているような白パンとは違い、その見た目どおり柔らかくはないからな。もし少しでも硬いと感じたら、手で千切ってからスープに浸してから食べてくれるか?」
「こうかしら?」
デュランは一応の食べ方として黒パン本来の食べ方もマーガレットへ教え、パンを千切るような動作をしてみせた。
マーガレットもそれに従い、とりあえず一口大ほどに黒パンを千切ると大麦などの小麦以外の混ぜ物で粒々した断面部分を下にスープへと浸してみる。
「あ~、んっ……もぐもぐ」
「どうだ食べられそうか?」
「んっ……ええ、もちろん大丈夫よ。少し表面部分が硬いようだけれども、中はそれほどではないわね。粒々したこれは……大麦かしらね? でもこれはこれで歯ごたえだと思えば食べられなくもないわ。それによく噛むからほんの少しでもお腹が膨れそうよ」
「そうか? なら、良かった。遠慮せずにどんどん食べてくれていいぞ」
「ええ、ありがとう♪ んっ。スープも私にはややしょっぱいように感じるけど、後からほんのりとした野菜の甘味があってこれもパンに合うわね。美味しいわよ♪」
お嬢様らしく若干傲慢な言い方ではあったが、マーガレットはそのまま黒パンを浸しながら食べ進めている。
余程お腹が空いていたのか、パンを浸している横でスープも一緒に飲んでいた。
(マーガレットはそんなに腹が空いていたのか? ああ、そうか。ケインのことが心配であれから家に帰っても、何も食べていないかもしれない。それにこの分だと、昨日の昼すらも食べていなかったのかもしれないな)
デュランは彼女が昨日の昼過ぎに出会ったから、何も口にしていないのではないかと思っていた。
下手をすれば、昨日の昼食でさえも抜いていたのかもしれない。
トールの村からこのツヴェンクルクの街まで馬にも乗らず徒歩だと早くても数時間はかかる。
きっと昼前に家を出て、レストランに向かう途中でデュランと出会ってしまったため、昼食を食べずじまいだったに違いない。
彼女の膨らみを持っている両頬がそうであると暗に教えてくれていた。
マーガレットはお腹が空きすぎて焦っているのか、まだ飲み込んでいないというのにパンを次々に口へと詰め込んでいたのだ。
その姿はまるで小動物が食事をしている様にも見えてしまう。そんなことを考えていたデュランは思わず、こんなことを口にしてしまった。
「なぁマーガレット」
「なふぁによ、ふゅらん? (何よ、デュラン?)」
「今のお前って、なんだか食事中のリスみたいで可愛いよな」
「んんっ!? けほっけほっ」
「ま、マーガレットっ!? ほら、水だ! これを飲め!」
そんな不意の一言に驚いてしまったマーガレットはパンを喉に詰まらせ、咳き込んでしまう。
デュランは近くに置いてあった水差しから木のコップへ急ぎ水を注ぐと彼女へ手渡した。
「んん~~っ!? んっんっんっ……ん~っ。あ~っ、驚いた。一体何なのよ、デュラン! い、いきなり私のことをその……か、可愛いだなんて……(照)」
「す、すまない。だが、本当にお前が食べる姿を見ていたらそう思ってしまったんだ。仕方ないだろ?」
「そ、そう? ふふっ……あっ、ふ、ふんっ! 別に食事中を褒められても嬉しくはないわよ。というか、デュランっっ! 女性が食事している姿をそんなにマジマジと見ているのはマナー違反なのよ!」
頬を少しだけ赤くしたマーガレットは照れながらに、自分が食事をしている姿を見ていたデュランのことを咎めた。
「それもそうだな。改めてすまないことをした」
「う、ん。わかってくれれば……それでいいのよ(ちらっ)」
だが最初に頬を緩ませてから喜び見咎められたので、これっぽっちも彼女のことを怖いなどとは思わない。むしろパンを食べながらも、こちらの様子をチラリっと窺っている素直じゃないマーガレットですらも、昔と変わらず可愛いとさえ思ってしまっていた。
「んっ」
「スープのおかわり、いるか?」
「あっ、お願いできるかしら?」
さすがにたったパン一つとスープ一杯だけで女性とはいえ、成人した彼女のお腹を満足させられるわけがなかった。
けれどもパンは昼の営業分も必要になるので自分達だけで食べるわけにもいかず、比較的量の誤魔化しの利くスープのお代わりだけでマーガレットには我慢してもらうことにした。
「ふあぁぁ~っ。おはよ~」
「り、リサ……お、おはよう」
ちょうど厨房へと戻ろうとしたその矢先、デュランは二階から降りて来たリサと出会ってしまった。
若干声を詰まらせると、デュランはどうにか挨拶を交わす。
「おはよう、お兄さん。……で?」
「ぐっ」
リサも再び眠い目を擦りながら挨拶をすると、さすがに見慣れぬ女性が椅子に座っている姿が視界に入ったのか、デュランの顔を見ながら「あれは誰なの?」という意味を込めた短い言葉と視線だけで、そう言いたそうにしている。
「あ、あれは……俺の幼馴染でマーガレットというんだ。ほら、マーガレット」
「ん? ええ……こほん。朝も早くからお邪魔してしまってごめんなさいね。それに食事まで先にいただいてしまって」
デュランはこれ以上リサの機嫌を損なわぬようにと、必死に立ち回ろうとする。
そして元婚約者だということは敢えて口にはせず、とりあえず幼馴染ということで紹介しようとした。
マーガレットもそんなデュランの意図を理解したのか、彼女に対して粗相のないように食事するのを一旦止め席から立つと、優雅にもスカートの端を摘まみお辞儀をした。
「ああっ、そっかそっか。お姉さんはお兄さんの
リサはデュランの『知り合い』という部分だけを若干強調してから、こう言葉を続ける。
「別にいいよ~、そんな正式作法のように畏まらなくても。ボクは形式とか格式ばった感じとか、あんまり好きな方じゃないからね。お姉さんも気軽に接してくれるとありがたいかな。ボクの名前はリサって言うんだよ。よろしくね、
「……そう? 分かったわ、それじゃあ遠慮せずに接することにするわね。見た目どおり、
二人の間には得も言えぬ重々しい空気が流れていた。
それを間近で見ていたデュランは何も口を挟むことが出来ず、ただ二人の動向を見守るほかない。
確かにマーガレットの方がリサよりも身長は高い。けれども実際には、リサはデュラン達よりも年上なのだ。それを知ってか知らずか、お互いに嫌味な風の言い回しを口にしている。
尤もリサにしてみれば朝起きたら見知らぬ女が家に居て、恋人であるはずのデュランと楽しそうにしているところを目撃してしまい、マーガレットもまた見知らぬ女の子がデュランと一緒に住んでいたという事実を今更ながらに知ってしまったのだ。
当然のことながら、二人にとって思うところはあるに決まっていた。だがそんなことは顔には出さず、二人は近づきそっと手を差し出し合う。
「ふふふふふっ」
「にゃはははっ」
そして二人とも上っ面を取り繕うような笑みを浮かべながら、しっかりとした握手を交わすのだった。
(二人とも……|怖《こわ》っ!? 何でそんな笑みを浮かべてるはずなのに、目だけは笑っていないんだよ)
その光景は