「ふ、二人とも、とりあえず席にでも座って朝食にしないか?」
「そうだね、ボクも聞きたいことが山ほどあるしね」
「ふふっ。なんでも聞いていいのよ」
二人は未だに互いの瞳から視線を外すことなく、近くにあった席へと座る。
それは互いに目だけで牽制し合っている騎士同士の決闘のようにも見え、デュランは慌てながらに厨房の中へ向かうと、三人分の朝食を用意することにした。
「それでお姉さんはお兄さんとはどういった知り合いなのかな? 幼馴染らしいけど……」
「……そうね。彼とは昔から、ふか~い親密な仲だったわね。ふふりっ♪」
「むーっ」
リサが先制的にそんな質問をマーガレットへとぶつけると、彼女は意味深で含みを持つような言葉を余裕な笑みとともに口にする。その表情はまるで勝ち誇り、自慢するかのようである。
その言葉を聞いたリサは少しだけ怪訝そうな顔になり、頬を若干膨らませながら厨房の方を見てこんな言葉を口にする。
「で、でもでも、それって
「ぐぬぬぬぬっ」
「…………(ごくりっ)」
お返しだとばかりにリサがマーガレットへと言葉の
これにはさすがのマーガレットでも、険しい顔せずにはいられなかった。なんせ過去よりも今現在の方が何よりも大切だということは、彼女自身痛いほど理解していたのだから。
そんな二人の話し合いを厨房の中で遠巻きに耳にしていたデュランは、思わず喉に痛みを覚えてしまうほどの固唾を飲み込んでしまう。
カタカタ、カタカタ。そして右手に持っていたスープのお玉を震わせながら、どうにか零さずに小鍋へとスープを移し替える作業だけで精一杯になっていた。
(お、女同士の会話ってこんなにも怖いものなんだな。直接的な嫌味もそうだけど、間接的に言われるのも堪えちまうぞ。それにリサもその見た目と言葉の軽さに反して性格だけは強気だからな。マーガレットだって一歩も引かないってのは、俺が知っている彼女とどこも変わらない)
デュランは目の前で火にかけているスープが、このままいつまでも温まらないで欲しいと祈らずにはいられなかった。
だが無情にもそんな彼の心情に反するかのようにスープは瞬く間に沸き立ち、彼が望んでいた束の間の平穏は長くは続かなかった。
「ぐっ」
(な、なんてこった。こんなにも早くスープが温まちまうなんて……クソっ! このままあそこへ戻るくらいなら、ルイス達とポーカーをしていた方が幾分にも気が楽だったな。ほ、ほかに何か時間稼ぎできることはないのかよ!?)
デュランは戻りたくない一心で他に自分ができることはないのかと、厨房の中を見渡してしまう。
そしてオーブン前に置かれた山積みとなっているある物に目をつけた。
「そ、そうだ! ぱ、パンをオーブンで温めよう。そっちの方がパンをより柔らかく美味しく食べられるしな! そうしようそうしよう。うんうん」
そして何を思ったか、徐にわざらしい独り言を呟きながらオーブンの扉に手をかけようとする。
彼はオーブンでパンを温め、時間を稼ごうと画策していたのだ。
オーブンは直接火を入れたからと言って、すぐには釜の中が温まらずとても時間がかかるものである。それこそ中が十分に温まるまでは、30分ないし1時間はかかるかもしれない。
デュランはその時間でどうにか二人の険悪な雰囲気が少しでも和らぐことを期待していたのだった。
だがしかし……である。
「お兄さん、自分達が食べる朝食のパンは温めなくてもいいよ。そもそも燃料が勿体無いでしょ」
「そうね、私もさっきは冷たいパンを出されたわね」
「ぐはっ!? わ、わかった。パンはそのまま持っていくよ……とほほ」
そんなデュランの心情が二人に伝わってしまっていたのか、彼女達は「早く朝食をここへ持ってこい。そして私達の話を聞け」とばかりの言葉を彼に投げ付けてきた。
渋々うな垂れながらも観念したかのようにデュランは両手にスープを二皿とパンを置いた一皿を持つと、彼女達が待っているテーブルまで運ぶことにした。
「ほら、リサの分のスープとパンだ。マーガレットもおかわりの分のスープだぞ」
「ありがとうお兄さん」
「ありがとうデュラン」
二人は互いへと差し向けている視線を逸らさずにデュランから受け取ると、自分の前へと置いた。
「さ、さぁ~て、お、俺はそろそろ店の掃除でもしよう……」
「お兄さん、どこ行くつもり?」
「デュラン、どこへ行くのよ?」
デュランはわざとらしくも声を張り上げながらこの場を離れようとするのだが、リサもマーガレットもそう問いかけただけで彼をその場に留めてしまった。
「ぐっ……わかったよ」
(逃げたい……逃げ出したい……この場から……一刻も早く……)
観念したかのようにデュランは真ん中の席へと座る。
彼の右手にはマーガレット、そして反対側にはリサが座っていた。
「な、なぁ二人とも、早く飲まないとせっかくのスープが冷めちまうぞ」
「ふふふふふっ。そうね、そのとおりだわ」
「にゃっははは。温かいうちが一番だよね」
デュランは食事を取らせることでどうにか間を作るつもりだったのだが、二人は笑顔を浮かべたまま右手を動かしてスープを飲んでいた。
「…………」
(き、器用だなぁ~。なんで笑顔のままスープが飲めるんだよ……逆に怖えぇぇよ)
デュランにはどうすることもできずに、二人が笑顔のままスープを飲み終えるのをただ待つほかなかった。