「これまでの行いについての謝罪をしたいだと? そんなもの駄目に決まってるだろ!」
「ぅぅっ」
デュランは朝っぱらから機嫌が悪かった。
なんせこれからレストランの仕込み仕事や午後からは鉱山の仕事があるのだ。それなのに朝も早くから叩き起こされた挙句、開口一番で気が滅入ることを耳にしてしまえば、誰でも機嫌の一つも悪くなるというもの。
そして彼を一番不機嫌にさせている原因は他にもあった。
「そもそも俺に直接謝罪したいっていう、その張本人とやらが何で来ていないんだよ? 俺の言ってることが何か一つでも間違っているのか、マーガレット?」
「うっ……ほ、本当よね。それについては……その、ごめんなさい」
そうデュランの元に謝罪に来たのはマーガレット一人だけだったのだ。
当然のことながら、謝罪すべき本人が今この場に居なければいくら代理人が謝罪しようとも意味を成さない。
「ケインはその……昨日ワインを飲みすぎてしまったようでね、体調が悪いらしいのよ。それで私だけでも、と思ってね」
「まぁ……昨日の調子じゃそうだろうな」
ケインは翌朝になり酔いが冷めたこともあってか、冷静になりデュランの元へ行くことを今朝になって頑なに拒んだのだ。
表向きは今マーガレットの述べたようにワインの飲みすぎによる二日酔いなのだが、本当のところはどんな顔をしてデュランに謝罪をしていいのか分からず、恐れを成して来なかっただけである。
「でも、いくらお前に謝ってもらっても意味がないんじゃないか? それに妻を一人行かせて、本人が来ない謝罪なんて普通ありえないぞ。それで本当にケインのヤツが反省してるのかよ?」
「それについても、ほんっっっとに、ごめんなさいね。すべて貴方の言うとおりだわ……このとおりよ」
「うっ……まぁマーガレットが謝ることじゃないから、もう頭を上げてくれ」
マーガレットはただただ平謝りとなり、仕舞いには自ら悪くもないのに頭を下げて謝罪してくれた。
デュランは彼女本人が原因でないにも関わらず、少し口調が強すぎたかもしれないと今頃になって気づくと勢い殺がれてしまう。
「で、でも……」
「はぁ~っ。どちらにせよ、いくらお前が頭を下げて謝ったとしても、ケイン本人が来ないと意味がないだろうに。でも、お前の気持ちだけは分かったからさ。とりあえずケインのヤツが来たら話だけは聞いてやる」
「デュラン……ありがとう」
デュランはマーガレットの肩へと優しく手を当て、顔を上げるように口にする。
彼女はケインがデュランへと謝罪する機会をもらえたことだけでも嬉しく思い、感謝の言葉を伝えるとホッと胸を撫で下ろした。
ぐぅ~っ。
するとどこからともなく、お腹の音が鳴り響いてきた。
「あっ。こ、これはそのぉ~……」
マーガレットは咄嗟に自分のお腹へと手を当てながら、その音について必死に誤魔化そうとする。
けれどもデュランと面と向かい合っているこの状況下では、上手い言い訳もできずに彼女は顔を背けるわけにもいかず、頬を赤らめることしかできなかった。
「まぁまだ朝も早いからな。どうせお前のことだ、少しでも早く俺に謝罪しようと朝食も食べずにここへやって来たんだろ? とりあえず中で朝食でも食べていけよ」
「いいの?」
「ん?」
「その……お邪魔しても?」
マーガレットは少し遠慮がちに顔を伏せ、まるで顔色を窺うようにデュランのことを見上げていた。
それは家の中にデュラン以外の誰かが居ることを配慮したから、そう言ったのかもしれない。
「あ~っ。まぁ……なんというか、それこそ今更じゃないのか? こんな朝早くに来ているんだぞ」
「そ、それもそうよね……ごめんなさい」
デュランはもうリサに隠すのは無理だと判断し、彼女のことを中へ入れて朝食を振る舞うことにした。
リサがマーガレットに対してどんな反応を示すのか、デュランでさえも不安ではあるが、そもそも彼女がこうして朝早くに訪ねて来ているので今更だと考え、その結論へと至っていた。
「へぇ~、ここが貴方のお店なのね。なんだか懐かしい雰囲気ね~」
「ああ、一応父さんが残してくれた遺産の一部だ。中は綺麗に掃除はしているが、ほとんどそのままにしてある」
デュランはとりあえず店の中へと案内することにした。
まさかいきなり二階にある部屋に招き入れるわけにもいかず、またいつリサが起きて下へ来るのか分からなかった。
「ちなみに改装とかはしないの? 中はこれでも良いかもしれないけど、外からの見た目がちょっと……」
「しないというか……したくても、できないんだよ。主に資金面の問題でな」
「あっ……ご、ごめんなさい。少し無神経だったわね」
「いや、別にいいさ。それにお前が悪いってわけでもないしな」
マーガレットは率直に感じた店の印象を口にしただけだったが、それは傍から見れば皮肉にも聞えるかもしれない。
なんせ父親の遺産を奪い去ったのは、彼女の夫であるケインと義父であるハイルなのだから。
だがデュランは「もう過ぎたこと……」と、マーガレットに何かしらの“含み”があるのではないと分かると気にも留めなかった。
「スープとパンを用意するから、適当な席に座っていてくれ。大衆が利用する長椅子だから、普段マーガレットが使っているような椅子とは違い、あまり座り心地は良くないかもしれないがな」
「うん。私なら大丈夫よ」
デュランは彼女のことを椅子に座らせると、調理場へと向かった。
一応毎朝のように黒パンやスープを食べているため、デュランでさえもその作業はお手の物である。
「スープはいつもの小鍋で温めるとして、オーブンを温めるにはまだ早いよな」
デュランは自分達用に使う片手鍋でスープを一人前だけ火にかけると、黒パンをどうするかで悩んでいた。
普段黒パンを温めて提供するためのオーブン釜は、まだ早朝ということもあって完全に火を落としているため、今から火を入れたとしてもすぐには温かくならない。
「ん~っ。パンは昨日届いたばかりだから、それほど硬くなっていないな。スープに浸して食べるほかないか」
黒パンは昨日の朝に届けられたばかりだったので、まだそれほど硬くはなっていなかった。
それでも焼き立てのパンよりも、その柔らかさは確実に失われている。
それでは再度オーブン釜で温めてはいない庶民達はどうやってそれを食すのか?
基本的にはそのまま丸齧りするだけである。他にスープでもあればパンを千切ってから浸し、柔らかくしてから食べることもできる。
「マーガレット、すまないがウチにはスープもパンも昨日の売れ残りしかないんだ。スープは今温めているんだが、パンはまだ釜に火を入れてないから温めることができない。……それでも我慢してくれるか?」
「ええ、私なら全然平気よ。こうして食べられるだけでも、ありがたいくらいだわ」
マーガレットは特に嫌がる顔をせず、デュランが用意してくれたパンとスープだけという、貴族にとってはあまりにも粗末な朝食でも喜んでくれた。