「なら、これで俺達にもう用事はないよなルイス? それじゃあ帰らせてもらうとするか」
「……ちっ」
「あうっ……っっ」
デュランはこれ以上仲間内での醜い罵りあいを見たくないので、颯爽と振り返るとそのまま立ち去ろうとする。
ルイスが悔しそうに舌打ちしてからケインへと鋭い視線を差し向けると、彼は一瞬たじろぎ一歩後ろに下がると向けられた視線から逃げるように、そのままデュランの背中を追い出て行ってしまった。
「…………」
去った二人を無言のまま見つめるリアンは彼らの背中が見えなくなるとほぼ同時に、そっと目を瞑り目の前で繰り広げられているルイスの罵り声が早く終わることを祈っていた。
「…………」
「…………」
デュランとケインは屋敷を出ると終始無言のまま、ただひたすらに歩いていた。
ケインにはデュランがどこに向かっているのか皆目検討もついていなかったが、彼が当てもなく彷徨うはずがないとその後ろを追った。
だがいつまでも沈黙したままの状態に耐え切れなかったのか、ケインはこう口を開いた。
「でゅ、デュラン……さっきのはだな、そのぉ……過ちというか……」
「……マーガレットが心配していたぞ。早く家に帰って彼女を安心させてやれ」
「っっ」
ケインは気まずさと自らの窮地を助けてもらった得も言えぬ複雑な心から、先程の行いについて弁解しようとするのだったが、デュランからはただ一言そう告げられるだけだった。
「じゃあ、俺はこれで……」
「……でゅ、デュランっ!!」
「ん?」
デュランはもう自分の使命は終わったと言いたげに街の外にある鉱山へ向かおうと後ろ手に手を振って別れを告げたのが、背後から名前を呼ばれ立ち止まってしまう。
「……なんだ? まだ何か用なのか?」
「うっ」
デュランは呼び止められたため、まだケインから用事でもあるのかと振り返り、彼の正面へと立った。
差し向けられたデュランの視線は先程のモルガンに対するルイスの視線よりも冷酷且つ哀れみに満ちており、ケインは思わず息を飲んでしまう。
「お、俺のことを殴らないのかデュランっ!!」
「はぁ? お前のことを殴る? 俺がか?」
「そ、そうだともっ! あ、あんな馬鹿な真似を……妻であるマーガレットをポーカーなんて遊びの賭け金にした男だぞ。元とはいえ、お前だって彼女の婚約者だったんだ。ほほほ、本当は今すぐにでも殴りたいに決まってるはずだ! さ、さぁ殴りたければ早く殴れっ!」
「…………はぁーっ」
ケインは叫ぶように自らを罰することができるデュランに向かって挑発するような言葉をいくつも投げつけてきた。
今の彼はまるで罰を与えられるのを望んでいるようにも見えてしまい、デュランは呆れるような溜め息をついてしまう。
「さ、さぁ早くしろっ! 気が済むまで殴れっ!!」
「ほんとに馬鹿なヤツなんだな、お前は……」
「な、なんだとっ!?」
ケインは両目を強く瞑り両腕を広げながら、今か今かと彼に殴られるのを待ち望んでいた。
だがデュランはそんな彼のことを無視してクルリッと背を向けると、こんな言葉を口にする。
「……お前なんて殴る価値もない。それでももし誰かに殴って欲しいなら、これまであったことすべてと
「マーガレットにすべてを……話す? それに俺の今の思いまでも……」
「ああ、そうだ。あそこまで派手にやらかしたんだ。いずれはマーガレットの耳にも今日のことは届くに決まってるだろ。それなら自分から先に話しちまったほうが気持ち的にも少しは楽じゃないのか? だがな、彼女だってお前のことを殴らないと思うぞ。
「っっ」
「ああそれと、もしマーガレットに謝罪をしたいなら、まず彼女が好きな花を買っていってやれ。お前が花でも買って帰れば、アイツだってきっと喜ぶに違いない……それじゃあ
「か、彼女が好きな……花……だと?」
その一言はケインにとって何よりも心をかき乱す言葉であり、それと同時にデュランとマーガレットが真に互いのことを理解し合っていることを指し示すことに他ならなかった。
(そもそもマーガレットが好きな花とは、なんだ? ……っ!? お、俺は妻である彼女のことを何も知らないんじゃないのか? それこそ何も知らず、自分からは一切彼女に対して興味も持たずにこの一年間を過ごしてきてしまった)
今振り返ってみればケインは自分の妻であるはずのマーガレットのことを何も知らなかったのだ。
彼女が好きな食べ物はもちろんのこと好きな花や趣味のことでさえ、夫であるはずの自分は何も知らない。それこそ本当に「俺達は夫婦なのか?」と、これまで自分自身でしてきた行いすべてを疑わずにはいられないほどだった。
そしてそれと同時に自分がどこまでも身が手なうえ自分本位のワガママであり、彼女のことを大切にしていないのだと嫌でも気づいてしまい、空っぽだったはずの心の中が悲しみという感情だけで満たされていく。
「……ぅぅっ……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
デュランが去った後、ケインはまるで目に見えぬ誰かに謝罪するかのように前のめりに崩れ落ちてしまう。それはまるで敗者のように傍目から見ればとても見っともない姿ではあるが、行き交う人々の人目も憚らず彼は泣き叫んでしまうのだった。
もしかするとそれはケインが生まれて初めて得ることができた『悲しみの心』と『後悔する気持ち』だったのかもしれない。