「な、な、なんでそんな役がここで……うっ……あっ……」
「…………」
ケインはそのあまりにも強運に満ちたモルガンのカードを見て恐れ戦きからよろめいてその際左手が当たってしまったのか、デュランの脇に置いてあったワインボトルを零してしまう。
まだ半分ほど残された赤ワインがドボドボっと、テーブル脇を伝ってデュランの着ている服を汚しシミとなっていく。だがしかし、彼はそれを気にも留める様子もなく終始無言のまま、モルガンの手札を見つめるだけだった。
「はっはっはっ。これは見事見事……どうやら今宵の大勝負はモルガンの勝ちのようだな。それにこんな役を出されてしまったら誰であろうとも勝ちようがない。どうやら残念ながらもキミ達の負けのようだぞ、デュラン君にケイン」
パン、パン、パン。
ルイスはモルガンの勝利を祝うかのようにわざとらしくも三度ほど拍手の真似事をしてから彼を褒め称え、代わりと言わんばかりにデュラン達へ慰めの言葉をかけた。
「これで若い人妻はワシのもの……ぐっへへへっ。これも幸運のカードのおかげだ。がっはははははっ」
気色悪い笑いとは今のモルガンのため、用意された言葉なのかもしれない。
それほどまでに彼は人とは思えない獣のような不気味な顔とともに笑いニヤけ、口を大きく開けて大笑いをしている。
デュランはその表情を見て取り顔を少しだけ伏せる。
その表情は何故か負けたというのに笑っているようにも見え、そして彼に向かってこんなことを口にする。
「……俺達が大負けした記念にアンタが勝てることができたっていう、その
「っ!?」
「うん? はっはっはっ。大敗をきしてもなお、勝者へとすがるつもりなのか? まぁいいだろ」
ふとデュランがモルガンの手元にある手札を要求する。
ルイスはその不可思議な要求の意図を真っ先に気づいたのだが、肝心のモルガンはそれに気づいた様子はなく、言われるがまま乱雑に5枚のカードを掴み取りデュランの方へと投げ付けようとした、まさにそのときであった。
「ぐっ! き、貴様、いきなり何をするかっ!」
「ようやく尻尾を見せたな。不埒な行為で肥えに肥えた豚野郎がっ!」
「いきなりワシの手を掴みよってからに! ええい、放せっ! 放せというにっ!!」
デュランはカードを持っているモルガンの右手首を咄嗟に掴み上げ、そのまま関節とは真逆の方向へと腕ごと捻じ切らんばかりの勢いで捻り上げた。
「あいたたたたたっ!! 痛いというにっ!! や、やめろおぉぉぉっ。う、腕が、折れる……折れてしまうぅぅぅぅっっ」
「ふふっ。これがお前達がポーカーでケインのことを負かしていたっていうカラクリだな」
モルガンはあまりの痛さから体を引き攣らせながらもデュランが捻り上げる力に抵抗できずに、少しでも痛みを和らげようと体を前のめりにしながら掴まれている右手を突き出してしまった。
すると彼の右裾部分から数枚のカードが零れ落ち、テーブル中央にある先程勝負が終わったばかりのカード上へと撒き散らされてしまう。
「あっ……こ、これは……お、同じ絵柄のカードじゃないか。一体これは……」
「そうだケイン。コイツらはその服に仕込んだ予備のカードで、自由自在に勝つことも負けることもしていたんだ」
見ると先程モルガンが出したはずのクローバーの10~Aカードの他に、ダイヤやハートなどのAカードが何枚も彼の右裾から舞い落ちていたのだ。
それはカードのすり替えというイカサマ賭博において、最もポピュラー且つ使い古された手口でもあった。
「ベットが小額の時は相手を勝たせて気持ちを大きくし、ここぞという時には自分達が強いカードを出して勝ちきる。イカサマポーカーでは使い古された手管の一つなんだ。尤もそれも、これだけコイツらが派手にやっていたにも関わらず、まったく気づかなかったお前にも責任はあるんだぞケイン」
「うぐっ」
デュランのその厳しい一言にケインは思わず顔を顰めたが、反論することはできなかった。
「ま、それも四人でこうしてテーブルを囲み、他者の介入の一切を防いでいたせいもあっただろうがな」
デュランはこれまで幾重にもポーカーを初めとするトランプ遊びに興じてきた。大衆酒場はもちろんのこと敵軍の真っ只中でさえ、ポーカーをするほどである。当然のことながらその中にはイカサマをする輩も少なくないため、不正する連中の常套手段というものに長けていたのだ。
基本カードゲームにおいての不正とは、ターゲットの一人を除いてみんなグルである。仲間の中で常時負ける役もいればバレないように不正をしながらカードを仕込む役、それと当然初めから勝つことになっている役もあるわけだ。
しかしながら通常の判断ができる状態ならば相手が勝ち続けるのは不信に思うはずなのだが、ケインはゲームをする前から大量のワインを飲まされていたため、その判断すらもできない状態だった。だからこそ彼らに付け入る隙を与えてしまい、負けに負けを重ねてしまったのだろう。
「ふん!」
「ぐっ……ば、馬鹿力めっ!!」
「じゃ、お前達のイカサマだってことがもうバレちまったんだから、賭け金については『無効』ってことで当然いいんだよな、ルイス? もしこれが遊びだったってお前が言うならば俺だってこれ以上口を挟む気はないが、もしも違うと言うつもりなら……」
「ぐっ……わ、わかった。今日の分についてはノーベット……つまり遊びのポーカーだったということにしようじゃないか。それなら満足してもらえるだろ、デュラン君?」
デュランはモルガンの薄汚い手を無造作に解放してやると改めてルイスの方へと向き直すと、そう告げた。
ルイスもイカサマがバレてしまい、どうすることもできずにデュランが言うがままするしかなかった。
「……話が早くて助かるがルイス。あくまでも今日の分だけ、と言うつもりなのか?」
「ああ、それはそうだ。それともなにか、過去に遡って我々がしたというイカサマについて暴けるというならば、勝手に暴いてくれてもいいんだよ。当然のことながら、証拠を出してもらうことになるがね」
「っ……そうかよ。まぁいいさ、今日の分については本当にノーゲームでいいんだよな?」
「約束は守る、私の名に賭けてもな」
イカサマについては今日の分しか明かせず、過去に遡って不正を暴くなんてことはその場に居合わせていないためデュランでさえもできるはずがなかった。仕方なしに今日の分の賭け金についてはルイスから無効であり、あくまでも遊びのポーカーということでひとまず落ち着くことになった。
「る、ルイス様っ!! それでは我々との約束が……反故になさるおつもりで……」
「ええい、うるさいうるさいっ! お前は余計なことを口にせずに黙っていろ豚風情がっ! それともなにか、このような醜態を晒しておいてお前が処理できるというのかっ! 今の私以上にこの場を上手く収めることができるならば、自分でやってみろっ!!」
「ぐぬぬぬぬぬっ」
それを真横で聞いたモルガンは慌てた様子で椅子から転がり落ちながらも、どうにかルイスの元へとすがり付き食って掛かろうとする。ルイスは有無を言わさない怒りに満ちた声と罵りによって、モルガンのことを押し黙らせてしまった。