「いきなり淑女を呼び出すなんて、王室の品位を疑われましてよ。いくら幼馴染みでも限度というものがございますわ」
いきなり悪態をついていますが大目に見て欲しいですわ。お茶会の翌日、私はまた学園をお休みすることになってしまいました。まぁ、しばらくお休みしても特に困りはしませんけれど。
しかし。と、目の前にいる
「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。昨日だってハルベルトと密会してたんだろう?」
「密会ではなく健全なお茶会ですわ。少々ご相談に乗っていただいただけです。ハルベルト殿下はあなたとは違いますのよ」
確かにハルベルト殿下は私の初恋の方ですけれど、まるで下心があって不義を働いているかのように悪く言われては不愉快ですわ。私はハルベルト殿下を兄のように慕っているだけですし、ハルベルト殿下も私の事を実の妹のように可愛がって下さっているだけですもの。この方はわかっているくせにいつも私をこうやってからかってくるのです。
「はははは、確かにあいつは“俺”と違ってお上品だよ」
その方はプラチナブロンド色の長い髪を後ろでひとつ結びにし、オスカー殿下よりも透明感のあるグリーンエメラルドの瞳を細めると形のよい唇にニヤニヤと笑みを浮かべます。顔立ちはオスカー殿下にそっくりなのですが、オスカー殿下には無い腹黒いオーラをひしひしと感じてしまいますわ。そう、この方は私のもうひとりの幼馴染み……オスカー殿下とそっくりな顔をした、第一王子でありこのラース国の王太子であるアレクシス王太子殿下ですわ。
「俺ってば次代の国王陛下だよ?お前がオスカーと結婚すれば未来の義理の兄だよ?もうちょっと敬意をはらっ「シラユキ様に言いつけますわよ」ごめんなさい!」
ふざけた態度でふざけた事を言い出すアレクシス殿下でしたが、私の会心のひと言により瞬時に真顔でスライディング土下座をしながら謝罪してきました。これが次代の国王だなんて将来補佐役をなさるハルベルト殿下の苦労が目に浮かびますわね。本来ならば公爵令嬢に第一王子が頭を下げるなんてことはあってはならないことなのですが、私に限ってはいつもの事なので壁際にいる侍女も執事も気にしていません。
ちなみにシラユキ様とはこのアレクシス殿下の婚約者様ですわ。艶やかな黒髪と黒曜石のような瞳、雪のように白い肌とさくらんぼのような唇の絶世の美少女なのですのよ。倭国という異国の皇女なのですが、以前お会いした時にとても仲良くなり今では文通友達なのですわ。こちらの言葉をちゃんと勉強なさってるので会話も出来ますが、たまに間違えたりカタコトになると頬を染めて恥ずかしがる姿がとても可愛らしい淑女ですわ。そして
「アレクシス殿下がこんないたいけな公爵令嬢を虐げようとしているなんて知ったらシラユキ様はなんと思うかしら……。確か倭国では子供を産み育てる女性を大切にされる文化でしたわよね。女性が心豊かにいられるからこそ健やかに子供が育ち、国が育つのだと教えられるのだと聞きましたわ。あぁ、それなのにアレクシス殿下は自分より身分が下の公爵令嬢にニヤニヤしながら嫌味を言うためにわざわざ学園を休ませてまで呼びつけるような暴挙を……。おかわいそうなシラユキ様、シラユキ様はこの男に騙されているのだと今すぐ教えて差し上げなくては────」
「わかった!俺が悪かった!ほんの冗談のつもりだったんだ!幼馴染みなんだから許してくれよ!「ずいぶん上からおっしゃるのね?」どうぞこの愚かな俺を踏みつけていいので許してください!」
さすがに淑女が王太子殿下を踏みつけたりしませんわ。私にそんな趣味はございません。
「わかればよろしいのよ」
まったく、いくら次代の国王としての能力に優れていても人をからかうこの癖だけはどうしようもありませんわね。ちなみに幼馴染みの私だからこそ不敬を問われずにいますが(プライベートですので)、これが他の方だったら反論するなどもってのほかと、とんでもないことになりますわ。こんな腹黒殿下に意地悪されたあげくに国外追放なんてたまったもんじゃありませんけれど。
ついでに言えば、もし本当に私がシラユキ様にアレクシス殿下の意地の悪さを告げ口してもそんな簡単に婚約破棄にはなりませんわ。この国と倭国の国交問題になりますし、シラユキ様はどこぞの王女と違いその重大さをよく理解なされておりますもの。なによりシラユキ様はアレクシス殿下をとても好いてらっしゃいますから。
ただ、もし本当にアレクシス殿下がシラユキ様を悲しませるようなことがあれば……全力で懲らしめて差し上げますけどね。それくらいシラユキ様は大切な友人ですのよ。不敬だと言われようと友情の前にそんなものな関係ありません。……もちろんバレないようにやりますのでご安心を。