焦る私を見てハルベルト殿下はにっこりと笑みを浮かべました。
「あぁ、それなら破談になりました。その王女ですが僕の顔を見た途端に婚約を怒って嫌がりまして……なんでもオスカーに一目惚れしたからオスカーが良いと言い出した上に暴れて手がつけられなかったので結局白紙になったのです」
別段気にする様子もなくハルベルト殿下はおっしゃりますが、私は見たこともないそのエルドラ国の王女に怒りを感じてしまいます。
「まあ!その王女も見る目がありませんわね……ハルベルト殿下ほど優秀で素敵な方なんてそうそうおりませんのに」
私だって、婿養子をとらねばならない立場でなければ……なんて考えてしまいます。だってハルベルト殿下は私の初恋の相手なんですもの。内緒ですけれどね。
「そう言ってくれるのは、貴女くらいですよ」
そう言って優しく微笑むハルベルト殿下。この方の妻となられる方は絶対幸せになれますわ。私が保証します。あぁ、未来のその方が羨ましいですわ。私がこっそりそんなことを考えていると、ハルベルト殿下は「あぁ、そういえば」と視線を下げてため息をつかれました。
「たぶんですが、貴女の前でわざと転んだり暴言を言ってきた見知らぬ令嬢とはその王女ですよ。オスカーから貴女のことを色々聞き出していたようですし、オスカーと仲良くなりたいからと無理矢理学園に転入していたようですから。さすがに正式に転入手続きをされてしまい止められませんでした。確かオスカーもその場にいたので破談の事はともかく王女の転入のことくらいはお伝えしているかと思ったのですが……」
「まぁ、どうりで見たことのない方だと思いました。そういえば、あのオレンジがかった鮮やかな赤い髪はエルドラ国に多い色でしたわよね。隣の国同士なのにこれまであまり交流がありませんでしたから詳しくはわかりませんが……。オスカー殿下からは何も聞いていませんわ。きっとそんなことがあったことすら忘れていらっしゃるのでは?あの脳内は自分に都合のよいことしか覚えられないように出来ていると思われますもの」
「確かにそうですね。そういえば、今回の婚約は我がラース国とエルドラ国の親睦を深める為だったそうですが……破談になってしまったものは仕方がありません。それにこちらから訴えでもしない限りは今までとさほど変わらない関係のままになるでしょう」
つまり、ハルベルト殿下は今回の破談の原因となった王女の失礼な発言を責める気はないということなのでしょう。なんて懐の深い方なのかしら。まったく、国同士の政略結婚を蹴り飛ばした上にハルベルト殿下よりオスカー殿下の方がいいだなんて……とんだ節穴王女ですわ。それにしても、あのちゃらんぽらん殿下はエルドラ国の王女に何を吹き込んだのかしら?
「あぁ……そういえば、私の髪や瞳のことを言ってきていましたわ。聞いた事のあるフレーズだと思ったらオスカー殿下からの受け売りでしたのね。どうやら私に精神的ダメージを与えたかったようだったのですが、いつものクセでついスルーしてしまいました。相手がエルドラ国の王族だったならば不敬になってしまうかしら?」
「……貴女の髪と瞳を?」
「ええ。昔、オスカー殿下から言われた言葉と同じでしたわ」
私が昔『お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!』とか『お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!』などと言われた事があると伝えました。もはや笑い話のようなものですし心配をかけたくなかったので出来るだけ軽くおどけた感じで伝えたのですが……なぜかほんの一瞬だけハルベルト殿下の纏う空気が凍りついた気がしたのです。
「ハルベルト殿下?」
不思議に思った私が首を傾げますと、ハルベルト殿下はすぐにいつも通りの穏やかな雰囲気に戻っていました。なんだったのかしら?
「いえ……貴女の髪は芳醇な香りのする魅惑の花の蜜のように美しいし、その瞳も深海の神秘のような美しさなのに、オスカーの目は節穴ですね」
「まぁ、お上手ですわ。でも例えお世辞でもそんな風に言われると嬉しいですわね」
やっぱりハルベルト殿下はお優しいです。誉め言葉もお上手だし、
ハルベルト殿下が再びにっこりと微笑むと灰色がかった銀髪がさらりと揺れました。あ、この角度、素敵ですわ。出来ればずっと見ていたいくらいです。
「では例の件ですが……カタストロフ公爵令嬢のご要望は必ず叶えて見せましょう。お任せください」
「ありがとうございます」
実は急遽お茶会を開いた理由は、私がハルベルト殿下にあるお願いをしたかったからなのですわ。まぁ、ハルベルト殿下とのお茶会で疲れた心を癒されたかったのも事実ですけれど……そんなこと口が裂けても言えませんし。でもハルベルト殿下の笑顔を見れたおかげで頑張れそうな気がします。
こうして端から見れば終始穏やかなお茶会は幕を閉めました。
断捨離とは、後腐れなくバッサリとやるのが肝心なのだそうです。ならば徹底的にやらせていただこうと思っておりますのよ。