「それで、本題はなんですの?まさか本当にからかう為に呼び出したなんて言わないで下さいませ」
そしてさっさと顔をおあげなさい。いつまで土下座してるつもりですの?本当に踏み付けますわよ。
「ん?あぁ、わかってるとは思うけど例の婚約破棄の事だ。父上からセレーネ嬢を説得してくれと泣きつかれたんだよ。俺とハルベルトは幼馴染みだから説得に応じるんじゃないかとな。だが、ハルベルトがお前の方につくと断言したので俺に任されたわけだ。……それで、なにを企んでいるんだ?ハルベルトになにか頼んでいることはわかってるんだぞ」
やっと顔を上げたアレクシス殿下はため息をつきながら肩を竦めました。まるで私のわがままのように言わないで欲しいですわ。
「企むなんて人聞きの悪い……それに、説得もなにも元々婚約破棄したがっておられるのはオスカー殿下の方ですわよ」
やっとソファに座り直し本題を語るアレクシス殿下は「マジで?」と驚いているようでした。アレクシス殿下まで言葉を乱すなんて……とんだ茶番ですわね。茶番劇のせいで時間を無駄にしましたわ。それにしても国王陛下が婚約破棄の撤回を説得するように言ってくるなんてそれこそ驚きです。せっかく婚約破棄に同意してあげましたのに、オスカー殿下はなにをしていらっしゃるのかしら?
「陛下は婚約破棄に反対なされてますのね」
「それはもう大反対だよ。早く説得して考え直させろってうるさいのなんの」
ということはお父様ったら陛下に根負けしたのですわね。まぁ、あれから屋敷に帰ってこられないのでそんな予想はしておりましたわ。ですので溜まってる領地の仕事はかわりに全部やっておきました。私はちゃんとフォローの出来る娘ですのよ。
「今までのオスカーの愚行は聞いたし、今回の浮気も確かに許せないだろうが、今までオスカーを見捨てずにいてくれたんだからもう1度チャンスを与えてやってくれないか。それに俺はあいつが本気で浮気したと思えないんだ。だってあいつは────ひっ!」
あら、私の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼な方ですわね?私はいつも通り微笑んでいるだけですわよ。ええ、いつも通りですわ……ちょっと目は笑っていないかもしれませんが。
「そうですわね、確かに私は今までオスカー殿下の愚行を許してきました。どんなワガママも嫌味も聞き流し、我慢しておりましたわ。でもご想像なさってください。顔を合わす度にくだらない理由で婚約破棄を宣言され続けてはすぐ撤回されるの繰り返しですのよ?私だって最初はちゃんと言いましたわ。婚約破棄とはそんな簡単に宣言していいものではありませんと。そんな馬鹿な発言をしているといつか足元をすくわれると……そしたらあの馬鹿は笑顔で『そうか!俺は馬鹿な子か!』と大喜びしてましたのよ?あの頭の中にはどんな品種のお花が咲いているのか私には理解不能ですわ」
「えぇぇぇぇ……」
「それでも王命ですし、幼馴染みとしての情もありました。私がしっかり見守らなければという使命感から私にケチをつけてくるのは我慢することにしましたわ。さすがに髪色と瞳の色を変えるのは無理でしたけれど、髪型もドレスのデザインもお茶やお菓子の種類も、あの方のいちゃもんに出来る限り対応してきたつもりでしたのよ。それなのに、なんなんですかあの馬鹿は?今度は浮気?しかもお相手はその辺のお金持ちの男性にすぐ声をかけると有名なあのヒルダ・ワイバン男爵令嬢だそうですわ。オスカー殿下の女性の趣味については口を出す気はありませんけれど、スタイルの素晴らしい男爵令嬢に楽しいことを教えてもらったなんて、
ついでに言えば、あの馬鹿は「俺は女にいっぱいモテるからすごい男なんだぞ!」とその辺で自慢しまくってるそうですわ。オスカー殿下の発情期なんて知りたくもありませんが。
「それは……なんとも……。い、いや待ってくれ!もしかしたらオスカーには何か別の考えがあってわざとそんなことを繰り返していた可能性なんかは……?!」
アレクシス殿下は真っ青になって絶句しかけていましたが、まるで閃いたとばかりにオスカー殿下の擁護に回られました。アレクシス殿下も弟には甘いようですわね。ですが私だってちゃんとその可能性も冷静になって考えました。そして
「もちろん、それについても予想は出来ています。ですが、もしそちらの方が正しかったならば私の決意は尚更強固になるだけですわ」
だって本当に
「セレーネ嬢はオスカーが何か企んでいるとわかっているのか?!」
「ええ。確かな証拠はまだありませんが、
「そ、それは一体……?」
アレクシス殿下は自分からオスカー殿下に何か考えがあるとおっしゃったのに、その内容までは思いつかなかったようですわね。助けを求めるように私を見てきますが味方になるかわからない方にわざわざ教えて差し上げるつもりはございませんわね。
私は再びにっこりと微笑みました。アレクシス殿下の顔色がさらに悪くなりましたが知ったことではないですわ。
「それはご自分で考えて下さいませ。それと脳内お花畑だった場合でも、いくら馬鹿な子ほど可愛いと言っても限度がありますのよ。我慢するのも限界なのです。アレクシス殿下には、私と全面戦争なさる覚悟がおありでして?」
静まり返る部屋でゴクリと誰かが息を飲んだ音が響きます。侍女や執事たちの間にもピリピリとした空気が流れていますわね。
「い、いや……。だからといってそんな戦争なんて……」
「私はただ、私の邪魔をしないで欲しいだけです。私はもうオスカー殿下に愛想がつきました。ですから、全てを終わらせたいだけなのですわ」
私は微笑みを浮かべたまま少しだけ首を傾げてて静かに唇を動かしました。
「私、本気になったら怖いんですのよ?」と。
そのまま立ち上がると完璧な淑女の礼をし、その場を立ち去りました。私の侍女のアンナだけは平然としてますが、アレクシス殿下の侍女と執事たちが倒れそうな顔をしてましたのであまり長居するのはかわいそうですものね。
王太子の部屋を後にし、誰の目もないことを確認するとアンナが口を開きます。
「お嬢様、王太子殿下はお嬢様の味方について下さるのでしょうか?」
「どうかしら。今の感じだとしばらくは中立の立場に徹されるかもしれませんわね。まぁ、邪魔さえしないでいてくれたらいいわ。アンナ、例の件は決して気付かれないようにしてちょうだいね」
「畏まりました」
淡々と告げるアンナの返答に私は満足気にうなずき「頼むわ」と今度こそ柔らかい笑みを見せるのでした。
***
セレーネたちが立ち去ると、一気に下がっていた部屋の温度が少しだけ戻った気がしたと、アレクシスは息を吐いた。末弟の婚約者であるセレーネには昔から底知れぬ