「今の時期だと、サルビアが綺麗に咲いているのよ。もう少し秋が深まると、ジニアやガイラルディアが咲くと思うわ。詳しくは主人に聞いてね」
アリーシャがオルキデアと出会ってから、季節は秋に変わろうとしていた。
二人が出会ったのは、夏の終わり頃だった。シュタルクヘルト家を出発する際に咲いていたサンフラワーも、もう枯れてしまっただろうか。
「楽しみです。後でお庭も見に行きます」
「好きな花があれば、主人に言ってね。喜んで植えるわよ。アリーシャさんのことを気に入ったみたいだったし」
「そうでしょうか……?」
「そうよ。心配してたんだから、急にオーキッド坊っちゃんが『結婚するから、相手の経歴作りに協力して欲しい』って言うんですもの。
相手はどんな子かと思っていたら、アリーシャさんの様な良い子で安心したわ」
「経歴書の件はありがとうございました。何とお礼を申し上ればいいのか……」
二人は二階に上がると廊下を進んで、一番左奥の部屋の扉の前で立ち止まる。
「いいのよ、経歴書のことは。その代わりに、オーキッド坊っちゃんをよろしくね。ああ見えて、寂しがり屋なのよ」
「その話はクシャースラ様からも聞きました」
「あら、そうだったの。オーキッド坊っちゃんが子供の頃は、ずっと私の側から離れなくてね、大変だったわ。……母親が恋しいのだと思うと、無理に引き離す事も出来なくてね」
「マルテさん……」
哀愁を帯びたマルテだったが「嫌だわ。私ったら」と苦笑したのだった。
「ここがアリーシャさんの部屋よ。反対側の廊下の突き当たりがオーキッド坊っちゃんの部屋。間にある他の部屋は、書斎や客用の寝室よ」
そうして、マルテは部屋の扉を開けてくれたのだった。
恐る恐る部屋に入ったアリーシャだったが、「わぁ!」と弾んだ声を上げる。
赤い
「この屋敷に元からあるものを運び込んだから、どれも古いものだけれど……」
どれも古いながらも質が良く、傷や汚れもほとんど無かった。
前の持ち主が、どれほど大切に使ったのかがよく伝わってくる。
「クローゼットはここよ。アリーシャさんの洋服を掛けておいたわ」
ベッド近くの扉を開けると、中央に小さな三段式の棚があり、その上にはオルキデアが運び込んでくれたアリーシャの洋服だけでなく、見たことがないワンピースやドレスも掛けられていたのだった。
「下着はこの下の棚。セシリアと一緒にいくつか新しい洋服も見繕っておいたわ」
「ありがとうございます。セシリアさんだけではなく、マルテさんにもお世話になってばかりで……」
最初にクシャースラから洋服が入ったカバンを受け取った際、「妻に用意してもらった」と言っていたのを思い出す。
クシャースラの妻と言えば、セシリアのことだろう。
まだセシリアにお礼を言っていなかったことを、アリーシャは思い出す。
「いいのよ。セシリアも『友達の洋服を選んであげるみたいで楽しい』ってはしゃいでいたから。あの子には妹はいないし、学校で出来た友人とは疎遠になってしまって、なかなか自分以外の洋服を選ぶ機会なんて無くなってしまったから」
学校を卒業したセシリアが、結婚するまで実家の為に働き続けていた話しは聞いていた。
その結果、友人たちと疎遠になってしまったというのも。